映画“Crazy Rich Asians”の裏テーマというか真のテーマ?(ネタバレあり) | 順其自然

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興味があるのは新しい時代の子育て・教育、中医学、資産運用などなど。趣味はスキー。釣りもやりたい。本業は中国語翻訳(雇われ)。海外からの留学生のホストファミリー経験あり。自由な人生を追求してます。

 

気になってたけど結局映画館に行かずにあっという間に公開終わっちゃった、あるあるパターン(笑)
 
とんでもない大金持ちのド派手な豪遊ぶりとか、安心して観れる「結局ハッピーエンド」なラブコメ展開とかは置いておいて、私は主人公の恋人の母と、その姑であり主人公の恋人にとっては優しいおばあちゃんであるヤン家のゴッドマザー「阿媽」(アマー、おばあちゃんの意)の関係が気になった。
 
映画ではそれほど時間を割かずに以下のことをさらっと明かしている。

ミシェル・ヨー演じる母君は、後に夫となる人とハーバード大学留学時代に出会い、結婚を約束するが、夫となる人の母に認められなかった。結婚のために彼女は学業を諦め、なんとか結婚した後も、シンガポール有数のコングロマリットを率いるヤン家に嫁いだが故の苦労の連続だった(冒頭のパーティーにしても、女主人の務めとして滞りなく料理がふるまわれるよう料理人たちを監督しているのは彼女なのだ)。

彼女は何のコネもなく、大金持ちの出身でもなく(と言ってもハーバードに留学してるぐらいだからそこそこお金持ちではあったんだろうけど、ケタが違ったらしい(笑))、富裕層において前提となる知識もなく、夫の親からはふさわしい嫁とは見なされなかった。

そして、この家で自分の息子が不利な立場にならないよう、まだ可愛い盛りの息子を断腸の思いで手元から離して姑に預け、可愛がって育ててもらう作戦を取るしかなかった(完全に推測だけど、嫁に孫を任せられないって言われたとか…ありそうじゃない?)。

だからこそ、息子が結婚を考えていると言って連れてきた主人公に「あなたには無理よ」(英語では「you will never measure up」)と忠告するのだ。

今では押しも押されぬコングロマリットの現総帥夫人なのに、未だに夫の母(つまり先代の妻)からは邪険に扱われているように見える。だけど、彼女は姑に対しては諦めの境地ではい、はい、と黙って従っているようだ。
 
この映画の裏テーマは「個人⇄集団」にまつわる世代間の価値観の違い(または西洋と東洋の価値観の違いと思われているものだけど、いわゆる西洋でも昔はそうだったかもしれない)だ。それを描くためにも大金持ちの由緒ある家柄という設定はぴったりだったのだ。
 
集団(ここでは家族)のために自分を押し殺してきた主人公の恋人の母と、アメリカで生まれ育ち、当たり前のように(そして実際、当たり前だ)好きな仕事をしている主人公のコントラスト=「アジア的」な家族観と、個人を重んじる「西洋的」な価値観のコントラストが、この映画の裏のテーマだと思う。(アジア的だから家族第一主義で、西洋的だから個人を重んじるのかどうかは分からないが。今のイギリス王室を見ていても、イギリス人にも昔の日本のお家制度みたいな考え方はあるんだな〜と感じたので)

だからこそ、主人公の恋人が(一度主人公に断られたときの自前の指輪ではなく)母を説得できた証として母の結婚指輪を持ってきてプロポーズしたラストシーンが際立つ。王道ラブコメなので、主人公の恋人が主人公を心から愛していることなんて当たり前で(笑)、実はそこはさほど感動するポイントではない。主人公の母が自分の人生を許したことが分かる瞬間だから感動するのだ。
 
そして、主人公の親友役のオークワフィナが最高でした(笑)コメディエンヌの才能炸裂!!(下の写真の右から2人目)
親友のお母さんのコテコテのシングリッシュもツボだった(笑)

あと、主人公の恋人のいとこのアストリッド(才色兼備で性格も良いセレブ)はとても美しいイギリス英語を話していた。ゴージャスかつ楚々とした美女というキャラによく似合ってた。留学してたのはハーバードという設定だったけどシンガポールは英連邦だもんね…(演じた女優さんが中国系イギリス人だからかもしれないけど)

一つ突っ込みたいのは、マンダリン(北京語)を話す旧家なんてシンガポールに存在するのか?!(うーん怪しいと思う)という点。昔からのシンガポール華人の家庭内言語って、たいていは福建語か広東語かせいぜい客家語なんじゃ…(仕事の取引先にシンガポールの会社がありますが、北京語が分かる華人も分からない華人もいる)
それともたまたまおばあちゃんが大陸の北方からお嫁に来た人だったのか?まあこの映画の本筋とは関係ないのですが(^_^;)