昨年末の紅白歌合戦で、椎名林檎と宮本浩次の『獣ゆく細道』を観てめちゃくちゃインスパイアされてしまったので(笑)書いてみようと思う。
村上龍も言っていたけど、日本では「仲良くしなくてはいけない」というプレッシャーがすごい。
(注:ここでの「仲良く」は表面的な「仲良し」であり、個々人の人権を程度の多少はあれど犠牲にしているものだと思う。それは必要な妥協とは違う)
(ほんとかっこよかった!!)
さて、『獣ゆく細道』の歌詞はここには載せませんが、ものすごく要約すると
ありのままであれ。
変な謙遜をするな。
人生燃やし尽くせ。
自分の道を行け。
つまらん世間体みたいな幻想でしかないものを気にするな。
という意味に読み取れます。
(もうこの歌素晴らしすぎて人生のアンセムにしようかと思う!笑)
それから、こんな夜更けにバナナかよという映画。
(心は自由!ってほんと大事だと思います)まだ観ていませんが、この映画の真のテーマは、障がい者と括られる人であれ健常者と括られる人であれ、
「健全な自己主張をする権利は全ての人が等しく持つ権利である」
ということなんじゃないかと思います。
数年前から流れを感じてきましたが、上記の二つの作品の登場から、(そしてそんな椎名林檎氏が東京オリンピック・パラリンピック開閉会式芸術監督の一人になっていることにもちょっと希望を感じてしまう)
2019年以降はより、自分軸とか、健全な自己主張、自分を本当の意味で大切にすることが
もっと一般的になってくるんじゃないかと感じました。
私はものすごくミーハーwですが、最先端というわけではないので、
どこか自分でも堂々と意見を主張することに恐れがあったんです。
でも、なんだか最近、「あれ?なんか(いわゆる)マスメディアでもこういう空気が増えてきた気がする」
と感じるのです。だからどうというところが私のヘタレたる所以ですが(笑)
冒頭の「仲良し圧力」は、「真の意味で思いやりを持つこと」と「人の顔色をうかがうこと」や「忖度」を混同させてしまう。
意識的に戦略として行うなら分かるけど、
空気を読む
察する
忖度
顔色をうかがう
根回し
腹芸
しかコミュニケーションの方法を知らないのは不幸だ。(と言い切ってしまおう!)
そもそも読んだつもりの空気が見当違いかもしれないし。
そして、「○○といると気疲れするわ~」と愚痴る人間ができあがる。
いやなことをいやと言えない(またはその逆もしかり)、自分の感情すら自覚できない自己犠牲が当たり前になっているのは
そのシステムを抜けない人がまだいるからだ。
やめないから自己犠牲に依存するシステムが続いてしまっているだけなのだ。
そんな「仲良し」に意味があるとは思えない。それどころか、その集団に有害であることも多い。
和の精神は尊いものだけど、本当に理解している人はどれくらいいるのだろう?
和の精神とは、「みんな同じ」を追求するのではなく、違いを認め合うことで無益な争いを回避する英知だ。
どうせみな同じ人間なのだから。
社会人になってからビジネス研修で慌てて「アサーティブコミュニケーション」とかやるんじゃなくて、
子どものうちから自分の本心を自分で汲み取る習慣を養うこと。
健全な自尊心を持つこと。
そのうえでどうしたいか、そのためにはどうしたらいいか、検討できるようにすること。
もしかしたら私の子どものころとは公教育も変わってきているかもしれませんが、
公教育まかせだけではなく私からもこの点については子どもと一緒に学んでいきたいと思っています。
(フィンランド教育を研究している人のメルマガなどを参考にしています)
