今日はビビアンを連れて病院に行って来ましたが‥‥。
考えがまとまらなくて、後日書くことにします。
限定にするかも知れません。申し訳無いです。
さて。
先日は母の日でしたが。
父ちゃんの母は、一昨年、既に他界しておりますので…特に何もなくて。
幼稚園児だった頃は、園のアリガチな……お母さんの絵を描こう…………ってのがあって。一生懸命に描いたら、親父に……『へったクソじゃのぅ‥』って言われたり。
小学生の低学年の頃に押花を作って、【オカンもこの花の様になってね】って手紙を添えたのですが‥‥‥。その日の夕飯の時に……。弟から、『花が枯れとったじゃろうが』…………って笑われたり。
その時に親父と妹とオカンも大笑いしよってから……
父ちゃんは酷く落ち込んだ事を思い出します。
それ以来。
オカンが亡くなる前の30年くらいですかね。
なんとなく、母の日に何か贈ろうか………って考えたのは。
その時々の父ちゃんちの経済的な状況で、贈る品は変わりましたが、
まぁ、概ね喜びよったと思います。
親父は半島からの引上げ組。生命カラガラだったのか…?
オカンは、このブログを読んで下さる方はご存知と思いますが、
広島の原爆の生き残りで………。
その為か判りませんが。
両親は、【生きる】という事に執着していた気がします。
そして‥‥‥‥‥
夏は涼しく、冬は暖かく………………。そうした場所で、子供達を育て、
そうした環境で豊かに生きて欲しく思っていたのでしょう。
実際は、そうした………思いに反して生きて来たのですがね‥…。
オカンが親父と、どういった経緯で一緒になったのかは、
全く知りません。
知ったところで…………って思っています。
ただ、同じ様に、【布】を扱う事業をやっていた関係なのかな……って思ったり。
飼っていた犬のペロがフィラリアになった時に……
オロオロしていたので、父ちゃんは、単車の後ろにペロを抱いたオカンを乗せて動物病院に行った事がありました。(危なく転けそうでしたが)
ペロは回復し、生涯を全うしたのですが。
オカンは亡くなる寸前まで、『あの時はね、ありがとうね』なんて言いよった。
父ちゃんが拾った猫のマロも。
ずっと育ててくれよった。
享年23歳。父ちゃんや妹と暮らしていたら……あんなに長生き出来たかどうか。
『そんなん、また…しよってから…………全く……』
なんて、ウサギを飼ったばかりの父ちゃんち来た時に言うてたけれど。
なんか知らんが、ニコニコしよって。
『ちゃんと、最後まで面倒みてやりんさいよ』
………って言いよったんよね…………。
