網走監獄
無知の状態で行ってきました。
網走監獄のイメージ
・極悪人が入るところ
・脱獄不可能
そんなかんじ。
感想
色々勉強になりました。
脱獄犯の話
冤罪の話…
何より衝撃だったのは、
過酷な労働化の北海道作り
北海道がここまで発展してるのは極悪人と看守のおかげなんだなと。
ロシアから北海道を守るため、
緊急に道路整備が必要になり、
日本中から網走に1200人もの
極悪人を集結。
道なき険しい山林?を開拓していく。
熊との戦い、徐々に食糧さえ乏しくなり、
昼夜問わず作業、
しかも逃亡防止に足に鉄玉をつけてね。
過酷すぎる作業にそれでも逃亡するものもいたけど、真っ暗闇で食糧も当然ないわけで、熊の脅威もあり、結局は戻ってくるそうなんだが、
200人以上の囚人、看守がなくなったそうです。
9ヶ月で200km以上の道を開拓したんだっけかな?
想像を絶する過酷ぶりが肌で伝わり
今の北海道があるのも先人たちの血と汗と涙の苦労があってなんだなーと感謝しました。
そして、懐かしいボカロの歌と小説を
久々思い出したわ。
さて、話は監獄博物館に戻る。
写真撮影はしていいところと
ダメなところがありました。
そして、YouTubeとかはダメ。商業目的もダメなんだそう。あとは自由とのこと。
五翼放射状平屋舎房
監獄施設の建築の一番のテーマは、いかに囚人たちが逃げられないような空間にするかということ。そのことを最も表現しているのが、この五翼放射状平屋舎房だ。中心に置かれた中央見張り(監視部屋)を起点に5つの棟が放射状に建てられており、少ない人数ですべての獄舎が監視できるようになっている。これはベルギーのルーヴァン監獄をモデルにしたもので、明治45年(1912)から昭和59年(1984)まで70年以上も現役の獄舎として網走刑務所で使用されていた。現在この形式の木造舎房としては世界最古。
写真じゃわかりにくいな。
斜め格子
も、お互いが見えないようになりつつ、
通路側からは見えるなど、工夫がたくさん。
現在は
こんな感じ
ぼやけてる。
わりかし快適そうだ。
そして、刑務所の生活は分刻み。
という表があり、やはり過酷なのかぁ…と思った
6時40分起床。
遅くね?🤣🤣🤣
そして、ご飯食べて身だしなみ整えて
出社して、お昼ご飯食べて、
就業時間もしっかり守られた軽作業。
帰って、ご飯食べて自由時間で9時消灯。
大変なこともあるかもしれないけど、
その表を見る限り、
どの辺が大変なのか伝わらなかった。
ご飯も出てくるんでしょ?
世の中の働く子育て世代の家庭の方が
よっぽど分刻みだわ。と思いました。
何が辛いか。
やはり【自由】がないことよね。
好きな人にも自由に会えない
好きにショッピングも楽しめない。
美味しいお食事を楽しんだりね。
地獄なのはスマホがないーー💦
ムショのお世話にならないよう
清く正しく生きよう。
あ、正門。
ミキ刑務所入所
明治時代の頃かな?
一度、こういう生活ごっこしてみたいー。
1泊体験するなら
縄文、平安、江戸…等々
どの時代がいい?笑
なんだか怖いとこ。
みんなが寝てるとこ。
木の長い枕、
朝、木の端をガンガンって叩くと、
響いてうるさくて一気に起きるらしい。
夜9時就寝で、朝6時40分起床なら
起こされる前に起きるわ。
本来なら、オレンジの囚人服や傘を被れるらしい
コロナの影響で撤去ゆえ
そのままで連行されてみる。
鉄玉のついた
逃亡防止の靴わ?
の重さを体験したりと、
ご飯風景
よく、刑務所のご飯は
臭い飯っていうけど、
昔は汲み取りトイレが自室にあった中でのご飯だったから臭い匂い嗅ぎながらのご飯って意味らしいよ
お正月は豪勢ーー!
手と足を繋がれるのは絶対嫌だ。
あと、日のささない
半畳の何もない部屋で1週間
重湯生活。
※刑務所内で悪いことしたらの罰。
気が狂う。
お風呂
夏は5日に、1回
冬は10日、1回
今は1週間に2〜3回入れるらしいよ。
網走監獄博物館
ほんと、行ってよかった。
色々楽しめましたよーーー!















