こんばんは!
私の神棚の歴史
というと大袈裟なんですが
私の場合は「神棚祀ろう!」と
思って祀らさせていただいた
わけではありません。
段々神棚になっていったという
段階がありますので
歴史(経緯?)で良いかと思いました。
まあたかだか20年弱ですが( ≧∀≦)ノ
伊勢神宮御残材との出会いが
神仏全ての始まりなんですけど
それは別の記事にしていますので
今回は画像のみご紹介させていただきます。
本当の最初は「木彫りの地蔵」として
ちゃっちい木製の棚の中段に
飾っていました。
いずれ神棚に祀るなど
夢にも思っていませんでした。
だからもちろん写真など撮っていません。
くやしー((ヾ(≧皿≦メ)ノ))
ですからこの状態はしばらく経って
からだと思いますが記録はありません。
普通はインテリアを変えたくらいで
写真は撮らないのですが
「けっこういい感じじゃん🎵」と
気に入って撮ったのだと思います。
こんな感じですが
なぜ「勾玉」が中央かというと
この「勾玉」は次々と不思議なことになり
私と友人知人などが驚かされたからです。
かと言って「神さま」とか言って
お祀りしていたわけじゃありません。
あくまでそれらしく飾っただけです。
一般的に「不思議」かどうかは
わかりませんでしたし。
ただ後々占い師を始めて
来たお客さんに話しても驚いていましたね。
どうなんですかね~?
そのうち書けたら書きます。
それからこんな事風になりました。
いきなり注連縄に神棚の御道具を
揃えるわけがないので
何段階か経てのこの状態だと思います。
ただ私は全然上の感じの方が好みです。
すごーい気に入っていました。
もうこうなったらみすぼらしくても
神棚の部類ですよね?
やっぱり覚えていませんが
どういうきっかけか
訪問者に御酒や果物お菓子などを
神棚にあげていただくようになりました。
私は日本酒は全く呑めないし
あんこの和菓子はほぼ嫌いなんで
ほとんど神棚からいただいた後は
持って帰っていただきました。
ごちゃごちゃしていて
ものすごーく
気に入らない状態でした。
恥ずかしいと思いますが
こういう時もあったのですから
仕方ないですね。
それでも注連縄や幤を祀らせて
いただくようになったのは
お父さんを助けていただいたからです。
上段に伊勢神宮の「八咫鏡」を
すごーく下手に模した御残材の鏡が
鎮座ましましていらっしゃいます。
三種の神器の「八咫鏡」は
誰も見たことのないと伝わっております。
畏れ多いので歴代の天皇も
御覧になったことはないそうです。
伊勢神宮に御神体として
祀られていらっしゃいます。
そして複製?が皇居にございます。
「誰も見たことのない」という
触れ込みだったので
どんなものが知りたいなぁ見たいなぁ
でも不可能なんでしょうね( ´Д`)=3
と百%完璧に諦めていましたが
歴史系の写真集に
デカデカと載っていました。
門外不出
じゃないの?
そりゃあね。
研究者にすれば「神」も
研究対象ですもんね( ´Д`)=3
なんか割り切れない思いではありましたが
せっかくですので御残材で
創らせていただきました。
もちろんド素人で下手な上に
錆びたカッター一本での工程です。
続きまーす。
「千祓の祈願 三百二十三回」
とほかみ えみため
はらいたまえ きよめたまえ
伊勢神宮御残材が実家にあったこと
公衆電話台として何十年も捨てられずにあったこと
私が実家に戻ったこと
何かこういうのを「ご縁」というんですかね?





