画像はすべてお借りしました。
ありがとうございますm(_ _)m





こんにちは!




そろそろ盆なので
お墓参りの予定などたてる方も
いらっしゃいますでしょう。









50年ほど前
おとよさんと呼ばれた
人がおりました。







他の世間的な行事は
無視する私の母がなぜか墓参だけは
毎年2回は必ず行っていました。
母はひとり娘でしたので
母以外には近所の知人が自家の墓参の
ついでに寄って下さるくらいでしたので
母が行かなければお花のない
寂しい墓になってしまいます。







実家から歩いて20分ぐらいの
墓地でしたが母は1年に2~3回しか
行っていませんでした。
だから私はそれが普通と思っていて
「月命日の墓参」という言葉を
知ったのは30歳を過ぎてからです。
社会常識の教育も必要だと思いますよね。















昔は「虫除けスプレー」など
ありませんからやぶ蚊の出ない
午前中に墓参するお宅が多かったです。
商店街を通って行くので
和菓子屋さんでいなり寿司とのり巻き
赤飯おにぎりとオハギを買います。
花屋で割高な墓参用の花を買ってから
お寺に寄りオケ水と柄杓を借りて
裏山の墓地に上がって行きます。







当時は商店街が賑わっていましたが
墓参の時期はいっそう賑わって
活気がありました。
今この商店街はシャッター通りを経て
マンションがポツポツ建って
お店はほとんど無くなりました。






お墓に着くと墓石を洗い
周囲を掃き清めて植木を整えて
花を活けて水を替えて
墓石に清酒をかけてお供えを広げます。
その時にお供え物が汚れないように
包み紙をきれいにたたんで上に乗せます。
清酒も余った物は蓋を閉めて置いて来ます。














どの墓石の前にもきれいなお花と
溢れんばかりの心尽しの
お供え物が並んでいます。
この頃はお供え物が許されていました。







おとよさんがいたから。





陽が暮れて墓地が闇に包まれると
ロウソクを灯して
おとよさんがお供え物を
一件一件集めて回るのだそうです。
そしておとよさんが食べてくれるので
すごく良い供養になるのだそうです。













おとよさんの家は小学校への
通学路の曲がり角にありました。
3畳くらいに見えましたけど
本当のことはわかりません。
お供え物を食べて生活している
おとよさんをワルガキどもが
見逃すわけがありません。
「乞食!乞食!」とからかったり
石を投げつけたりしていました。






おとよさんは怒って大声で怒鳴ったり
ワルガキを追いかけたりしていました。
だから私たち女の子は
「こわい大人」だと思っていました。






小学生の私には
おとよさんが何歳くらいか
見当もつきませんでしたが
一度見たことのないおばさんが
おとよさんの家の上がり口に腰掛け
おとよさんとふたりで
タバコを吸いながら顔を寄せて
しゃべっているところを見ました。
おとよさんは見ている私に気付いて
上目遣いの白目のような目で
ニヤリとしました。






ぞっと
しました。







子供でしたからキャーと叫んで
だーっと走って逃げました。
その後はおとよさんの家の前を
通ることが出来ずに遠回りして
学校に行っていました。
遅刻しそうで急いでいる時は
おとよさん家の道でもいいやと走りますが
おとよさんの家が見えると足がすくんで
どうしても走り続けられずに
踵を返し遠回りをして遅刻しました。
遅刻する方が全然楽でした。
小学校を卒業するまで(してからも)
おとよさんの家の前は通りませんでした。





中学生か高校生の頃に
どこかに出掛けていたのか
墓参に行くのが遅くなってしまって
薄暗くなり始めていたものですから
帰りには闇が迫っていました。
「早く!早くして!
もう暗くなっちゃうじゃん!」
とあれこれしようとする母を
急かしていると遠くの
墓石がぼうっと橙色に光り
ゆらゆらと漂っています。





ギャー!





と大声で叫ぶと




「静かにしなさい!
みっともないでしょう!」



とこれまた大声で母に怒られました。
「だって……あれ……あれ!
人魂じゃないの!」と指すと
一瞬ビクッとしたものの
さすがの「年の功」で
じっとゆらゆら光を見ると
ほぅと息を吐いて言いました。
「おとよさんじゃないの!
驚かさないでよ!」

















さんざん母に怒られながら
墓地の暗い足元の中
出来る限り早足で歩きました。
が母も私もゆらゆら光から目を
離さないようにしていたのに消えました。
おとよさんの持つロウソクが
消えただけかもしれませんけど
母が独り言のようにポツンと言いました。






「あら?
おとよさんって
死んだんじゃなかったかしら?」






その独り言がどれほど怖かったか?
あまりの怖さにただ黙って
泣きながら歩いていました。
家に帰ってから
泣き叫んでやりましたよ!
いいかげんにしてよ!
お母さん!!



















「千祓の祈願 二百一回」

腫瘍撲滅祈願 修

とほかみ えみため
はらいたまえ きよめたまえ


おとよさんの詳しいことはいまだにわかりません。
「墓守り」という言葉を聞くとおとよさんを
思い出します。おとよさんがいなくなって
「お供え物は持ち帰る」という規則が出来ると
お供え物を並べる人が減っていきました。
そうですね。墓参の賑わいも無くなりました。