親になってみて、子どもと向き合うことをサボると、とんでもない大人になってしまうな、ということを、薄々感じ始めている。

相手は赤ん坊でも、十分に感情を持ち合わせていて、十分にコチラの「状態」を分かっている。

コッチの状況なんてお構いなしだし、ただただ、状態だけを見られている。

状態というのは、私がホンキで対峙しているかどうか、ただそれだけ。

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赤ちゃんだから、子どもだから、大人だからは関係がない。

松原さんのブログを読んで、ホンキで向き合うってこういうことだと改めて思った。

本当に、「何十年も生きているくせに責任も持てないだけではなく、選択もできずに甘えたことばかり言っているやつ」が多すぎる。

私の責任として、息子は、そんな大人に育ててはいけない。と、思っている。


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帰るときに大阪市内でタクシー移動。そんななかねねがドアのロックを開けようとする。ねね母が止める。開けようとする。ごねる。泣く。うるさい・・・というところに、この頃ははまだ気が張りまくっていたオレはだな、タクシーを止めてもらい、ねねだけを引きずり出し南森町付近の道路にひとり立たせて・・・
目「開けたらあかんって何回も言ってるのは開けたらあかん理由があるから言ってるねん。あかんもんはあかん。泣こうがわめこうが、ドアロックをいじるならタクシー降りてもらう。タクシーに乗るならドアロックはいじらない。ドアロックいじるならタクシー降りる。どっちやっ!!!」
と、正面から圧をかけながら本気で選択を迫る。
目「気が強いのは別にかまへん。お前がそうしたいならそうしろ。それが通らんかったら泣きたいだけ泣け。でも通らんもんは通らん。それでも気が強いからいやなんやったらタクシー降りろ。気や我が強いからといって思い通りにならんことはあるねん」
と言い切ると首を横に振る。はっきり言って別にタクシー降りても構わない。歩いて南森町から新大阪に行くのみ。自分で自分の思い通りを選んでいい。だがその選んだことに対する責任は自分で取れって話で、そのことに2歳とか20歳とかそういうのは関係ないねん。
目「ほんならドアどうしてもいじるんやったら、タクシー降りるってことやな?ええねんな」
首軽く横に振る。こん時に両腕を握ってたのを離して、しばらく無言で待ち続け、もう一度同じことを言って選択を迫る。あーこの間にも他のメンバーを先に行かせる方がいいかな?とか考えたが、ねねは右のほうをじーっと見ながらなんとなく現実逃避。これオレの一番嫌いなやつだが、2歳で初めてなので待つことにする。そしてしばらく沈黙を待ってからの、もう一度二者択一。そしたらいじらない、タクシー乗るを選択したので(首縦にふった)よしっ、とぎゅーっと抱きしめて後部座席のねね母にパス。
ねねの予定ではこういう場面では甘やかされていたはずなんだが、きっとこれまでになく厳しく迫られたんだろうなと思う。



よく考えたらねね兄が3歳の頃にも同じことをやっていたし、菊池さんとこの次男にも同じことをやった。さっきあきらと話してて思ったけど、セミナーに来るお客のほうが軟弱で甘えた人生やってると思う。子供の方が本気で迫ってもその分返す。
「子供にそんな風に言ってもわからない」みたいに言うアホもおると思うが、じゃあ聞くけど子供がわかるようにお前は言えるんか?2歳が理解できるんか?できるわけないやろ。2歳や子供がわかるのは、大人が本気であることと本気の背景に「それが本当の中の本当である」という背景がありそうかなさそうかだけ。そういうことのすべてを直感でわかる。脅しとかなだめすかしとか、そういう嘘は通用しない。
少なくともお前のいるこの世界ではタクシー内でやってはいけないことをやったときに、外に出され、タクシーの乗れず、自分の足で歩いて駅まで行くことになる、って決まってる。それが大変かどうかもわかるわけないし、泣いてはいけないこともわかるわけないし、タクシーのロックをいじることが危険だとわかるわけがない。わかりやすい、なんてないんだよ。あるのは本気かテキトーかだけで、そういうの子供は絶対にわかる。大人が思い通りにしたいからテキトーにやってんのに、なんで子供が自立したひとりの人間になれるんだよ。
それから子供が気が強いとか、我が強いとか、そんなもん性質でも性格でもない。ただ子供なだけだ。選ぶということは責任取るってこと。責任取れないなら選ぶ権利などないわ。何が責任で、何を選ぶとどうなるか?というのは甘やかしからは生まれない。つまり子供は学習する機会がないので、なんでもわがまま言ってりゃ通るってなるわな。それを子供の性格だと勘違いで決めつけるな。



オレはねねのことは抱きしめまくるし、耳元で好きだと言いまくる。そういうことをしようがすまいが、他の家もにたような愛情を持っているかもしれない。だが「人」として絶対に甘やかさない。子供だから甘えていいところはある。自分では生きていけない。だが自分で選択してやっていけるところは甘やかさない。選択と責任を自分で選べって話。そのためにならタクシーは止めるし、他の連中を待たせる。それがよくないなら先に行かせるし、歩くならオレも一緒に歩く。オレ(つまり人)に迷惑をかけた選択をしたっていうことも伝える。
2歳がそれに妥協ではなく応えてきた姿を見て(まぁもっともこいつは絶対に選んで責任持つとわかってるからだが)何十年も生きているくせに責任も持てないだけではなく、選択もできずに甘えたことばかり言っているやつに時間取るのは絶対にやめようと思った。そんな6月。。。

はぢめての大説教