今朝、テレビのニュースを観てちょっと

他の事件と違い、考え込んでしまったの。

 

1歳の子供を夫婦で虐待報知し

亡くなってしまった事件について。

 

勿論、この両親は憎くてたまらない。

許されない事件。

 

ただ、裁判の中で1歳のお子さんには

知的障害があったとの事。

 

ちょっと考え込出んでしまったわ。

1歳の時点で知的障害を疑われる子供は

相当重いっていう事だものね。

 

中度の知的障害でさえも2~3歳では

親はまだ分からない。

 

たまたま何かの病気を持っていて

医者がそのお子さんをよぉく見てる環境じゃないと

重たい子でない限り分かり辛いよね。

 

ただでさえ、その分かり辛い軽度~中度の

知的障害の子供の乳幼児育児は

本当に地獄。

 

例えるのなら、

赤ちゃんがビービーと四六時中泣いていたとする。

その子供は将来、発達障害と判定される。

 

つまり、普通の育児とは若干異なる支援が必要。

 

母親は、いつもの通りに赤ちゃんを抱く。

そしてその子が安定するような方法を取ろうとする。

 

 

しかし、その時赤ちゃんを見に来ていた

若干のベテランである親戚が抱っこを止める。

 

「抱っこするから、泣けば親が飛んでくると思い

よく泣くようになるんだ。

自分が困るんだから、ほおっておきなさい」と。

 

 

母親は、それでも苦笑いして抱っこをしようとしても

育児のベテラン達はお節介をする。

 

赤ちゃんは、不安でいっぱいなので更に泣き叫び続ける。

 

 

母親は、その赤ちゃんの泣き声の記憶と

自分の育児に不安になるか、

そのベテラン育児のお節介の言葉が耳に残り不安が積み重なる。

 

 

 

この例。

よくあった事だよね。

うちもあった。

他でもあった。

 

子守歌の音程が気持ち悪くて息子は泣いた事もあった。

また、耳慣れない音楽を流されて泣きわめいた事もあった。

 

息子にとって聴いて落ち着く音楽という物のは、

初音ミク等の機械音だという事を知るのは

その何年も後の話。

 

息子はそれまで苦しみ続け、私もなんでだろうと不安定になる。

 

 

それだけならいいよ。

人により、子供が思う様にならないのは

母親としてスキルが低いからとされる事もあるよね。

 

また、発達障害だと解った所で

 

それに気が付かない母親も責められるし

それに気が付いてる母親も神経質にされる。

時には、どこの遺伝からそうなったという話にもなるし

赤ちゃんの時にどんながあったからと、

更に未熟だった頃を責められる事もある。

 

 

ほんと、普通に育つ事が無い場合はそうなる。

 

 

このニュース、どこまでがどうなんだろうね。

 

1歳で知的障害という事は、

その両親以外にも罪を問われる事にはならないのかな?

 

生きていればまだしも、赤ちゃんは既にこの世にはいない。

これ以上軽い答えはあり得ないし、

これよりももっと重い刑や責められる人達は増やすべきにも

思うんだけど。

 

でも、育児放棄を一瞬でもしたくなる母親の気持ちを

若干理解してしまうのは、

同じような育児をしてきた人にしか分からないよね。

 

 

裁判員裁判ってこういう時に必要なんだねと

このニュースで初めて思ったわ。

1歳のお子さんを思うと、

ただでさえ親に歩めないのに非情な親を持ち

無念で仕方ないけど。

知的障害が1歳で分かっているような子だったのに

本当に誰も、助けられる事は出来なかったのだろうか。