昨日は息子と一緒にお出かけ。
あぁ~これが、男親の「子供を見る」という事なのか。
ほぉ~これが、女親の「子供を見る」という事なのかと
差を感じましたよ。
男親は、そっちより息子の自閉ならではのふるまいに
周囲への配慮だろ?
って感じで、
女親はどちらかというと、子供よりお前がうるせーよ!
っていう行動配慮といいますか。
あぁ~これじゃー、自閉症の小さい子が
より一層、癇癪したりパニック起こすわと思う程に
神経質になってるのかな?とは思った。
こういうのって、子供が大きくなって若干楽になり
親も手慣れないと分からない物なんだよね。
今の私の経験が、あの頃の私に足されたら
もうちょっと、息子は癇癪せずに終えた事が
結構あったんじゃないかなぁと思った。
んでも、こういうのってほんと子供が成長しないと分からない。
今朝は、同じ日に出産した
高校生時代の友人にメールしたの。
いや~私達も年取ったよねとショートメールで終了。
あぁ、これが長い月日を付き合わないけど
長い月日も友情の証なんだろうなぁと久しぶりに気が付いた。
あの当時の私は、とっても変わり者で
それでも結局友達がいてさ。
今では親となっていて、パートもしている。
息子が幼児だった頃、
「ADHDの子供は成長する事で行動が減り
社会で生きていける。
しかし、ASDは成長しても行動派減らず
社会で生き辛いままだ」
と聞かされた時に、
まるでクジでASDの赤い紐を息子と一緒に引っ張って
当ててしまったような、変な切なさがあったけど
昨日、帰りにどう見ても身長や恰好よりも幼いけど
その姿は本人なりに大人らしくしようとしている
その可愛らしさがとても愛しかったわ。
どんなに色々な思い出があろうと、
気持ちが残っていようと、結末は同じなんだなぁと
ちょっとホッとしたわ。
そして、幼稚園の先生がよく言ってました。
「みんな、この子は2~3歳だと言うけれどそれは失礼だと思うのです。
2~3歳のふるまいになってしまってるかもしれないけど
この子にはちゃんとみんなと同じ経験と想いがある。
だから、失礼な話なんですよ」と、言ってくれてたのよね。
その時は、優しい先生だなぁと思って嬉しかったけど
その答えは、10年くらい後にまた教えてもらったなぁと
思い出したわ。
息子可愛いわ。
あと私は何年一緒いられるのでしょう。切ないわ。