先月の私は、

相変わらずの出費癖のある女なんだけど

いつもよりかは優等生だったの。

今月はもっと優等生になりたいんだよね。

 

去年の私と比べたら手持ちのお金なんて

全然違うのに、なんでいつも給料日前は

同じような感じになってしまっていたのか。

 

それだけ、去年までの私は我慢しているようで

全く我慢が出来ていなかったのよね。

今更バカ―と反省した所で、

去年の私が感謝する訳でもないので

もう、去年までの私は黒歴史として

記憶から、最初から居なかった人として

逃避させてしまおうと思うわ。

 

そんな想いをしている中で

昨日、何となく気が付いてしまう事があったのです!

 

凄いよね、こういうのって分かっていても

自分への信号や忠告としては

響く事がないの。

 

それはね、

「お金が無いと言っている人は、

本来なら要らなくても良い物が

(他人からしたら、贅沢な事)

ルーティンとなっている。」

という件です。

 

具体例はさ、

お金が無くてもタバコを毎日コンビニで買う人。

 

私に例える場合は、

雨の日以外にも、コンビニや自販機でお茶を買ってしまう事。

ちょっと仕事中に精神でやられてしまった時おやつを買ってしまう事。

 

つまり、消えてなくなるから記憶に残らないの。

 

勿論、上記の人に対して

タバコを吸わない身の私が偉そうに

タバコを止めろとは一切思わない。

 

なんで、本数を減らせないの?と思うの。

昭和時代だったらともかく、今は一箱500円だよね。

そりゃーお金も消えるわなと。

 

自分の話に戻ってしまうのですが、

振り返りたくは無いんだけど

考えてみたら、私は無駄遣いのルーティンを

しているんだなぁ~と思ったのよね。

 

それは、最近で言うとバナナ。

今の時期、買い置きしてしまうと痛みやすいので

買い置きをしなくなっただけで

1か月あんなに違うんだなぁ~と

振り返って思いましたわ。

 

発達支援で言うと、誤学習って奴だよね。

魔のルーティン。

大人という立場を言い訳にして、繰り返しているのよね。

 

昨日、旦那が言っていたわ。

毎月、通信料(携帯等)で3万円は高いと。

 

だけどさ、考えてみたら我が家は

ネット依存により精神が依存している家族。

もしも、金額を安い所にした事で

私達に携帯やタブレットを取り上げてしまったら

どうなるのだろうか?と。

おそらく、景色の良い所を観に行きたくなる事だろう。

そして、もれなく日頃食べない物を食べなければならないと

勝手に意味のない義務の意識を持ってしまうのではないか?と。

 

そしたら、1か月2~3万円がポーン。

通信料は半分以下に抑えたとしても。

なので、私達にとっての通信料は

悟空の緊箍児になっているのかもよと。

 

流石は、インドアになり続けてうん十年の女。

判断が良いわ。

 

ってな訳で、今月は魔のルーティンを意識しながら

一回一回財布とにらめっこしようと思います。