フォレストガンプという映画。

 

当時の私は、将来息子みたいな子を

産むと思わなかったので普通に感動した映画だった。

今では映画のセリフ一つ一つが心に染みます。

でも、考えてみたら私だから息子はこう生まれたんだと

何でわからなかったの?と思うようになったw

結構自分では変わってるけど、これが自閉という名称だと

知って納得したのは息子のお陰で、

息子が教えてくれた事で生きやすくなれた。

言わば、療育の覚書ブログを書いてるけど

今思うと息子の為にと言いながら実は

自分の為への言い聞かせであり、覚書なのかなと

最近思うようになった。

これが、やっと子供の障害への需要、

私も富士山の五合目までこれたのかな・・・と思う。

 

凸凹な子供の子育ては辛いかもしれないが、

本当は凸凹な親が子育てするのは

自分の子だからなんだって出来る。

最近は、大変というのとは違うのかな?と思うようになれた。

だから、辛い時はあっても大丈夫な様にできているのかなと・

 

何が大変かと言うと、凸凹な親が子供を包みながら

社会と向き合っていかなければならない。

砂漠のチーターメスは生きていくのは凸凹であっても

一人なのでやって行けるが、子供守りながら荒野ルールに

合わせた子育ては難しいといった物・・・それに思う。

 

先日、ヘルパーさんが息子とバスに乗ったら

外国人の方(ITが強い国の方)とPCの話みたいのを

してたそう。

 

「コレ、〇〇〇!?」

って声をかけてたらしく、

ヘルパーさんはバスの中でシーっってしたのですが

その方が

「そうだよ、〇〇〇!」って、答えたそう。

それで、息子に対して頭のヨイ子だと言ったそう。

 

ヘルパーさんは

パソコン関係の話なのは分かってるけど

何を言ってるか分からないので

すいませーん、この子は障害を持ってて・・・

すぐ単語答えちゃうんです、と謝ったら

 

その方は、この子はとても頭のヨイ子だと言いながら

バスの中でPCのなんだか分からないけど

単語ずーっと話したり説明してたそう。

 

どこで知ったのかわからないし、

息子がどこで情報掴んでるかわからないけど

(タブレットは無法地帯)

私が居たら、やっぱ分からなかったかもしれない。

 

フォレストガンプが、母親の知らない所で

思いっきり有名人といい話したり、誉められたり

あほか?とする事もしながら自分の世界を広げていく。

 

ここ数年、私は死ぬのが恐いんだけど

ちょっと安心するのはこういった話を

自分の知らない所で、色んな方々から聞けた時。

息子も、私か親から離れ荒野を一人で生きてきて

一人の方が生き残れるメスのチーターみたいに

息子なりに練習してるんだなぁと、応援したくなった。

 

今も砂漠の中での育児はかわらないけどね。

 

タブレット、訳わからない動画も見てるけど

たま~に英語の動揺聞いたりしたりして

本人なりに選別してるんだなと、最近思った。