先日、息子は10歳になりました。

ついに、脳は完成されてしまいました。

 

後は、肉付けです。

彼の身体の形成は時間がかかったので

どこら辺まで脳の神経が行き届いての科は

分からないけど、医療の世界では

とりあえず今の脳は完成体。

 

一番最後の4年間・・・・

私は仕事に明け暮れてました。

本来ならば、1か月に1度は様々な訓練とか

習い事させたかったし、色々させてあげたかったけど

私自身が新人で仕事を覚えたりやり終えるコツが

出来てなかったので仕方ない。

 

4年目を迎える事になり、

やっと雇用形態から勤務日数を1~3日

減らしても何とか戻せられるようになりました。

 

だからといって、もしも休めて通えてたとしても

息子は療法士により1か月加えられたことで

どう変わってたかなと思うと、

それは私の通わせられたという事の

自己満足になってしまうのかなとも想像。

 

それだけ、この4年間は息子に意味のない時間では

無かったという答えが一番だからかもしれません。

 

息子は、私にどんな環境を与えられたかというと

学校の後に、児童デイサービス。

学校の後に、ヘルパーと外出。

この4年間の繰り返し。

 

お母さんは職場で缶詰になっている。

休みの日は、ずーっと寝ている母の横で

僕はゲームをしている。

たまに仕事帰りにイオングループの店に

連れて行ってくれる。

 

お父さんは忙しいけど、休みの日は

遠い所に連れて行ってくれる。

 

だから、学校に親が呼び出される時は

パパとママは学校に来れない。

こういったイメージがあるんだろうなと思う。

 

兄弟がいるのならば、多少は楽なのかもしれないけど

一人っ子で育ってる息子からしたら

手のかけられてないというイメージは強いだろう。

 

 

だけど、私の目から見える息子は

私が居れない事で社会を覚えられて

その中でやっていかなければならないから

他人に良い顔をするという事を

学ぶ事が出来たなと感心する。

 

よく、これだけの障害を持っている子が

静かにしたり、

我慢したり、

相手を受け入れたり出来るようになったなと。

 

もちろん、愛想の挨拶は

相変わらず出来ないけど、

促せば出来ない事はないし、

これが出来る環境だからまだ練習は

していこうとは思う。

 

これが出来たのは、

息子の社会にいる大人達と子供である仲間達。

その方々が、社会としていてくれたからだろう。

 

母親と父親は僕にかまってる状態じゃない。

だから、守られてない環境だから

自分がやるしかない。

 

最初は孤独を感じたかもしれないし

今も孤独を感じてる時もあるかもしれないけど

自立心と義務感が、彼を瀬戸際に立たせたのかもしれない。

 

 

いつか、アーリーバードで教わった

「お母さん遊ぶ時は、お母さんルールに持っていく。」

というその中の一部の療法。

 

私はコレを持ってくのに随分と時間かかったけど

自分の仕事に余裕が持てなくなる事で

瀬戸際に立ち、強行突破になってしまった・・・

だから、息子とのお出かけやデートも

「今日はお前の好きな事なんでもやってやるよー」

と言いながらも、結局は私ルール。

コレなんだよな。

 

ならざるを得なかった。

 

これが、療法になってしまったんだろうなと思う。

大きな得たものになったかというと

何とも言えないけど。