私はここら辺からは、
どこの親でもあるあるにはなりますが
しかし、途中からはそこらの親とは変わってしまっています。


あるあるなのは、
私は幼児教育にとても必死でした。

某有名な幼児教室に通わせていたり、
各国の教育方針や育児方針の勉強を産前にしてたり。
フラッシュカードまでも、買ったり自作してたりしてました。

元々、産みの親がそういうのが好きで幼少期からそういうのが
色々あったんですよ(笑)
なので、色々やってたと思う。

しかし、新生児期の時に在り得ない程のアトピー性皮膚炎。
普通、アトピー性皮膚炎と判明するのは半年後と
決められてるそうなのですが、うちの場合はもう分かり切ってるので
それは無し。

また、赤ちゃんの体から血液を取り出す医師なんて
そこらの診療医はいないのでたらい回し(笑)
産後2か月~5カ月、隣町の病院までたらい回されていて
最後は某大きい病院に行ってさ。

やっと予約入れて来たというのに
「何でこんなになるまでほっといたんですか!?
あと1カ月遅かったら、脳症になってたよ!?」
と言われてさ。
しかも、この状態なら予約無しで来れたとまで。

普通さ~。
乳児がアレルギーで死ぬなんて思わないじゃん(笑)
そりゃ、蕎麦アレルギーやピーナッツアレルギーが怖いのは
テレビでも聞くから知ってるよ、でも赤ちゃんだよ?
誰が知るんだよ(笑)

って思うような感じ。
で、そこから半年くらい入院してました。

入院生活での息子は人見知りは一切ありませんでした。

ただ、医師たちはヒソヒソ・・・。

特に担当医が、地元の子育てセンターの人を呼びなさいとか
色々言ってきて。

なんだろね~ありがたいね~と
周囲の同じくらいの赤ちゃん育ててるママと話してたんです。

入院中の赤ちゃんってのは、親子共々閉鎖的な世界でさ。
本来実生活で発見できるような、周囲の子との差も
更にわかりづらくなってしまうのですよ。

ただ、幸いだったのは隣ベッドのママさん親戚が
グループホーム経営の方で
その方が気にかけてくれたのがとても印象的でした。

今思うと、その親戚の方は息子の自閉症に気が付いてたのですよ。
視線が他の子供とちょっと違う感じだった。
目のやり方も、使い方も、すべてがぎこちない感じでした。

幼児期後半の自閉症の子と健常児の子の表情ってさ、
自閉症の子はどこか堅苦しいって感じなのですが
赤ちゃんの頃から既にそうなのです、

うちの場合は、病院なので刺激が少ないのもあり
本来なら強い感覚過敏も、衝撃が少なかったかもしれません。
なので息子にとっては、
刺激の無さすぎる毎日は心地よかったと思います。

退院した後は親子共々地獄でしたが。

自閉症の0歳時は、
色々な景色を態々見させるために出掛けさせたり
公園にあえて遊ばせる必要はないのかも。

ただ、独身時代にカラーセラピーに興味あり
色々カラー関係を息子に分け与えてきました。
それは息子にとって丁度いい程度の刺激になったようです。
そのくらいでいいのかもしれません。