障害児の幼児期程、
神秘的で面白いものはないなと
今更ながら思います。
ほんと、彼等は常に面白くて
行動全てに愛嬌がある。
ただ、親からしたら
責任があり
毎日の事があるので
イライラしたりどうにかしたい日々なのですが。
自分の子が学齢期になり
振り返ると、
あの当時が懐かしくて愛しくてたまりません。
幼児期の経験で、
どうしても覚書として残しておきたいのは
子供の御ふざけです。
うちの子もありました。
ある動作になると、ニヤニヤ・・・。
真面目にやりなさい!
もう、ふざけてるからだよ!
と、何度か思いました。
そんな生活の中で、息子の訓練士の先生が
「この子は出来ない事が良く分かっている。
出来ないから態々ふざけて誤魔化すのです。」
その日から生まれたのが、
息子の達成感を育てるという事。
当時の私には、スモールステップの
スの字も解りませんでしたし
療育の意味も、幼児教育や
英才教育の毛が生えた物くらいしか
思ってませんでした(笑)
なので、達成感を育てるなんて
簡単な様に思えて仕方なく
逆に、ちょっと馬鹿馬鹿しいとも思えたりね。
まさに、自分が出来るから他人も出来るという
盲目な心。
経験や学んでいくたびに、
達成感を育てるという事の難しさを教えられたり
躓いたりの繰り返しに変わりました。
それだけ、うちの息子には出来ない事が
多過ぎだったのもあります。
また、出来ない部分を早期発見してしまい
息子からその課題や場面を取り上げようとすると
横から、息子の出来ない部分を理解出来なかったり
知らない支援者達との溝も出来たりね。
今思えば、あの時の私の行動は正しかった。
でも、もうちょっと頑張るべきだったかもしれない。
今でも、可哀想な事をしたなと悔やんでいます。
是非、注目してもらいたいのは
現在子供が何を出来るのかという事と
何を楽しかったり好きなのかという物です。
頑張れば出来る事は、
楽しいというご褒美が無いと
なるべくなら与えなくてもいいんじゃないかな?と思います。
頑張るべき時に
ニヤニヤしたり、ふざけたりして
誤魔化す行動を多くすると
誤学習を引き越すので、
親が守れるものなら守ってもらえたらなと思います。
神秘的で面白いものはないなと
今更ながら思います。
ほんと、彼等は常に面白くて
行動全てに愛嬌がある。
ただ、親からしたら
責任があり
毎日の事があるので
イライラしたりどうにかしたい日々なのですが。
自分の子が学齢期になり
振り返ると、
あの当時が懐かしくて愛しくてたまりません。
幼児期の経験で、
どうしても覚書として残しておきたいのは
子供の御ふざけです。
うちの子もありました。
ある動作になると、ニヤニヤ・・・。
真面目にやりなさい!
もう、ふざけてるからだよ!
と、何度か思いました。
そんな生活の中で、息子の訓練士の先生が
「この子は出来ない事が良く分かっている。
出来ないから態々ふざけて誤魔化すのです。」
その日から生まれたのが、
息子の達成感を育てるという事。
当時の私には、スモールステップの
スの字も解りませんでしたし
療育の意味も、幼児教育や
英才教育の毛が生えた物くらいしか
思ってませんでした(笑)
なので、達成感を育てるなんて
簡単な様に思えて仕方なく
逆に、ちょっと馬鹿馬鹿しいとも思えたりね。
まさに、自分が出来るから他人も出来るという
盲目な心。
経験や学んでいくたびに、
達成感を育てるという事の難しさを教えられたり
躓いたりの繰り返しに変わりました。
それだけ、うちの息子には出来ない事が
多過ぎだったのもあります。
また、出来ない部分を早期発見してしまい
息子からその課題や場面を取り上げようとすると
横から、息子の出来ない部分を理解出来なかったり
知らない支援者達との溝も出来たりね。
今思えば、あの時の私の行動は正しかった。
でも、もうちょっと頑張るべきだったかもしれない。
今でも、可哀想な事をしたなと悔やんでいます。
是非、注目してもらいたいのは
現在子供が何を出来るのかという事と
何を楽しかったり好きなのかという物です。
頑張れば出来る事は、
楽しいというご褒美が無いと
なるべくなら与えなくてもいいんじゃないかな?と思います。
頑張るべき時に
ニヤニヤしたり、ふざけたりして
誤魔化す行動を多くすると
誤学習を引き越すので、
親が守れるものなら守ってもらえたらなと思います。