うちの子はとても可哀想な子供です。

私の学生時代からの興味は人間観察。
今思うと、自閉症独特の相互関係の下手さをもっており。
子供に対してもどこか客観的。

今振り返ると、
息子が生まれた時に、
母親らしい気持ちが生まれなかったという事。
勿論、息子の事は心から思っているつもりなのですが
どうも母親という気持ちではなく
一人の人間として見てしまう。

出産した意識が無いので、分身と思えず
必用な部分で公私混同が出来ない。
かと思えば、変な所で
自分のペットか?の様に存在に扱ってしまう。
親しき者への礼儀がなってないというのかな。

勿論、子供を愛しいと思う気持ちは一時も絶えず。
グチャグチャに泣き叫ぶ子を見て、
可愛いけど、心底可愛いとまで思えない、
泣いてる理由がそこまでよく分からない、
でも、この子は可哀想なのかもしれない
なので助けてあげようと思う日々。

子供との関わりで一番悩んだ所はこういう根本的な面でした。
こういう日々を送ってきた子供なので、
息子は人との意味がいまいち経験が浅くなっています。
なので、うちの場合は一緒に親子レッスンを繰り返す日々でした。
子供を可愛いと思えないママさん、うちみたいな親子も
何とかいけるから大丈夫ですよ・・・って言いたい。
自分の今のスキルを求めすぎちゃダメ(笑)
子供もスモールステップなのに、貴方は何故ハイスキルを求めるのか。

根本的な他人との相互関係。

○○したら、嬉しくなる。
○○されたら、悲しい。
(怒りたくなる等も)

読み取れない子の場合は

○○したら、嬉しくなるね。
○○されたら、悲しいよね。
との会話を親子でいちいち繰り返す。

小学生レベルどころか、
幼稚園レベルな話なのですが。
とことん子供には道徳的な会話を
繰り返すしかありません。

もうね、親がエコラリア。
もらっちゃいましょう、子のエコラリア。

そして、そのワードに備えて
相手へ繰り返さない様にする。
もしくは、
相手へそういう事をしないという
習慣を付けて行く。

例えば、甘えて寄りかかってきた時と
疲れてもたれかかってきた時。

同じ体重の掛け方でもかなり意味は変わりますよね。
疲れてもたれかかってきた時は

【お母さん、腰が痛くなります。
重たくて、悲しくなる。】

そして、そのワードに備えて
子供に相手へ繰り返さない様にする。
もしくは、
相手へそういう事をしない。

心の読み方もエコラリア。
備え付けもエコラリア。
そのうち覚えられるのを期待して
相手への関心方法をスモールステップで
時には特性を利用してエコラリアを。