最近、自閉症の講座を受けても、
同じ講師でない限り内容が異なり
新たな発見もあったり。
または、その講師が次の話では肉付けされたり。
勉強を振り返りながら進めるという大切さを教えられました。
本も読みたいんだけどさ、買い漁ると
1カ月の授業料と同じ額になってしまうので
せめて1回分の授業料以下になるようにチョイス(笑)
この衝動ってさ、
子供時代からビートルズが流れてる環境で育ち
いきなりローリングストーンズの
ブライアンジョーンズが居た時代の曲を聞き
カルチャーショックを受けてアルバム買い漁る衝動。
その時と全く同じ。ほんと似てる。
↑中学位だったと思う
うちの子の障害って何?
知的障害って何?
って言ってた母親が、
凸凹才能って何?
自閉症って何?
またまた、進んで
問題行動って何?
起こしてほしい行動と
起こしてほしくない行動って何?
って所から、
息子からは無縁と思われてた
ADHDも実は勉強が必要だったと
気付かされたりさ。
発達障害にも様々あるという事と
広汎性発達障害という物が
実は一番正しい病名だったという事も。
そして、発達神経症という新たな病名に
これから変えましょうという話なのに
まだ親達の間では発達神経症という名前が
浸透していないという事実。
っていう事は。
ただでさえ新しい病名が浸透してないどころか
知らない人達が多いのに。
24時間現場に立たされてる親達は
どれだけの貧しい知識情報の
環境に立たされているかと言う事。
それが良き悪きとかではなくて、
そういった説明が貰えたり
当たり前の様に話を聞ける環境が親達には
貰い辛いって言う事なんだよね。
親達はネットや子供の通う場の掲示板やら
ママ友情報もらったり、
そして子供と離れる時間を作らなければならなかったり
また、講座を受ける為に受講料を準備しなければならない。
要は親が知っておいた方が良い話が聞ける場は
常に生活からかけ離れた世界でもあるんだよね。
現在必要な事が現実世界から離れないと得られないという。
得やすい知識の場ってさ、
1~2時間だけでは収まらない題材ばかりだものね。
先生達からしたら良かれとした分かりやすい環境を
与えてあげる心遣いと
多分この親御さん達は、明日にでも首にロープをかけたい心境
なのだろうという気遣いからきた高速の学習環境でさ。
または、与えたとしてもその状況を何等かの理由で
拒否したり途中拒否した親達が出てきて、
そうなっていってるのもあるんだろうけど。
だってさ、勉強して行った中で
生まれ持ってしまった神経のプログラムには
運命が決められてるという事も
何となく知ってしまったり。
最近世の中に浸透してきた療育という物も
大差与えないという事実を
何となく解ってしまったよ。
勿論、持って生まれた物から
周囲の影響と育った環境で
障害者が自立へ繋がる事もあるので
兆しが無いという訳ではない
という輝かしい事も分かって来たけど。
しかし、それを知った事で
親が大きな勘違いしてしまうと
その子の人生や家族の運命も
振り回してしまうというのも分かった。
未来は暗めに思っていた方が
その子に見合った地道に積み重ねていく支援の中で
兆しが無いとは限らないという言葉が生まれると言う事も
勉強して何となくわかった。
親が意識を高めると言う事の大切さを
息子の学校の校長が言ってた意味が
だんだんジワジワと噛みしめてしまう今日この頃です。
意識を高めた時に、
親にとって自分が足りなかった事にも分かるし
自分が知ればいい事や
方向を変えた考え方への肉付けにもなっていく事も。
そして、お隣に座ってるママは私には無い知識があり
私が持ってる知識もお隣さんママには無かったり。
障害児の世界ってほんと奥深い物なんだなぁ~と。
最近分かったんだけど。
どの子にも関係無い、縁の無い情報は無いという事。
例えば1語~2語へと発する事が出来てきたとしても過信せず
親はマカトンを知っておいた方がいいような物。
自分は理解してきたとは思ってても、
まだまだ7歳の息子の事を私は分っていない。
私はこれから、この子とどれだけの
閃きのきっかけに出会える事だろう。
一歩踏み出さないと、そのチャンスはやってこないのは
充分先生方に教えてもらえました。
最近の息子、場面場面で良い子だったり
問題行動を発してしまうようになりました。
その問題行動も、今までになかったタイプ。
もしくは、その問題行動の兆しがあったんだろうけど
小さすぎた故に、あるいは他の問題行動が重視され
あまり問題視されてなかったの。
ふぅ~・・・大人になったなぁ~
って思わせてくれないのよ。
まさに、一筋縄に行かない子。
なんか、それが楽しくてね。
親を困らせてる事が成長なんだよ。
息子はそうする事しか、
親に教える事が出来ないんだろうよ。
もうさ、初めての回転寿司に衝撃的な
外国人に出会ってしまった様な風景。
結構、心躍ってます。
wktkのAA顔。
昨日、また旦那に○○日預かって欲しい・・
って言ったら
仕事を気にしつつも子守OKしてくれました。
ちょっと、勉強してきます。
幼児教室に通ってた頃、
コップ一杯の水の話を聞きました。
親は一杯の水を与えてるとしても、
子供からはその水は満杯ではないという事。
親が忙しくて水を注げなかったとして、
子供はいつまでもその空のコップを
実はずーっと両手で持って待っていると言う事。
次に、また新たなコップを出して水を求めて来た時
勿論親は水を灌ぐわけなんだけど、
いつかの空のコップは、必ず注ぎに行かなければいけない。
↑そんな話だったと思う。
今ある私が息子への知りたい事は
それに出てくるコップなんですよね。
殻に閉じこもったひよこをずーっと育ててる状態なので
親の知識と捻りが必要とされる。
今迄コップに注がれて行った
先生達の教えは私達家族を変えました。
その先生達の教えを肉付けして行くように
これからも地道に親の修行を積み重ねなければ・・。
殻に入ったままの息子はいつか、
殻から割って出てきて育ってきた子供達と
同じく鶏になってしまうので
終わりが、見えません。
勿論、障害者である息子がどんな感じで
大人になっているのか想像できませんが。
息子が小学校になったら、
私は子育てが楽になりブログが途切れて行くかな~と
思っていたら。
そんな事ありませんでした。
毎度ベルトコンベア式に、
注げ注げと私の目の前にコップがやってきてます。
多分、まだまだ試されてるんだよね。
とりあえず、目の前のコップ握りしめて頑張ります。
同じ講師でない限り内容が異なり
新たな発見もあったり。
または、その講師が次の話では肉付けされたり。
勉強を振り返りながら進めるという大切さを教えられました。
本も読みたいんだけどさ、買い漁ると
1カ月の授業料と同じ額になってしまうので
せめて1回分の授業料以下になるようにチョイス(笑)
この衝動ってさ、
子供時代からビートルズが流れてる環境で育ち
いきなりローリングストーンズの
ブライアンジョーンズが居た時代の曲を聞き
カルチャーショックを受けてアルバム買い漁る衝動。
その時と全く同じ。ほんと似てる。
↑中学位だったと思う
うちの子の障害って何?
知的障害って何?
って言ってた母親が、
凸凹才能って何?
自閉症って何?
またまた、進んで
問題行動って何?
起こしてほしい行動と
起こしてほしくない行動って何?
って所から、
息子からは無縁と思われてた
ADHDも実は勉強が必要だったと
気付かされたりさ。
発達障害にも様々あるという事と
広汎性発達障害という物が
実は一番正しい病名だったという事も。
そして、発達神経症という新たな病名に
これから変えましょうという話なのに
まだ親達の間では発達神経症という名前が
浸透していないという事実。
っていう事は。
ただでさえ新しい病名が浸透してないどころか
知らない人達が多いのに。
24時間現場に立たされてる親達は
どれだけの貧しい知識情報の
環境に立たされているかと言う事。
それが良き悪きとかではなくて、
そういった説明が貰えたり
当たり前の様に話を聞ける環境が親達には
貰い辛いって言う事なんだよね。
親達はネットや子供の通う場の掲示板やら
ママ友情報もらったり、
そして子供と離れる時間を作らなければならなかったり
また、講座を受ける為に受講料を準備しなければならない。
要は親が知っておいた方が良い話が聞ける場は
常に生活からかけ離れた世界でもあるんだよね。
現在必要な事が現実世界から離れないと得られないという。
得やすい知識の場ってさ、
1~2時間だけでは収まらない題材ばかりだものね。
先生達からしたら良かれとした分かりやすい環境を
与えてあげる心遣いと
多分この親御さん達は、明日にでも首にロープをかけたい心境
なのだろうという気遣いからきた高速の学習環境でさ。
または、与えたとしてもその状況を何等かの理由で
拒否したり途中拒否した親達が出てきて、
そうなっていってるのもあるんだろうけど。
だってさ、勉強して行った中で
生まれ持ってしまった神経のプログラムには
運命が決められてるという事も
何となく知ってしまったり。
最近世の中に浸透してきた療育という物も
大差与えないという事実を
何となく解ってしまったよ。
勿論、持って生まれた物から
周囲の影響と育った環境で
障害者が自立へ繋がる事もあるので
兆しが無いという訳ではない
という輝かしい事も分かって来たけど。
しかし、それを知った事で
親が大きな勘違いしてしまうと
その子の人生や家族の運命も
振り回してしまうというのも分かった。
未来は暗めに思っていた方が
その子に見合った地道に積み重ねていく支援の中で
兆しが無いとは限らないという言葉が生まれると言う事も
勉強して何となくわかった。
親が意識を高めると言う事の大切さを
息子の学校の校長が言ってた意味が
だんだんジワジワと噛みしめてしまう今日この頃です。
意識を高めた時に、
親にとって自分が足りなかった事にも分かるし
自分が知ればいい事や
方向を変えた考え方への肉付けにもなっていく事も。
そして、お隣に座ってるママは私には無い知識があり
私が持ってる知識もお隣さんママには無かったり。
障害児の世界ってほんと奥深い物なんだなぁ~と。
最近分かったんだけど。
どの子にも関係無い、縁の無い情報は無いという事。
例えば1語~2語へと発する事が出来てきたとしても過信せず
親はマカトンを知っておいた方がいいような物。
自分は理解してきたとは思ってても、
まだまだ7歳の息子の事を私は分っていない。
私はこれから、この子とどれだけの
閃きのきっかけに出会える事だろう。
一歩踏み出さないと、そのチャンスはやってこないのは
充分先生方に教えてもらえました。
最近の息子、場面場面で良い子だったり
問題行動を発してしまうようになりました。
その問題行動も、今までになかったタイプ。
もしくは、その問題行動の兆しがあったんだろうけど
小さすぎた故に、あるいは他の問題行動が重視され
あまり問題視されてなかったの。
ふぅ~・・・大人になったなぁ~
って思わせてくれないのよ。
まさに、一筋縄に行かない子。
なんか、それが楽しくてね。
親を困らせてる事が成長なんだよ。
息子はそうする事しか、
親に教える事が出来ないんだろうよ。
もうさ、初めての回転寿司に衝撃的な
外国人に出会ってしまった様な風景。
結構、心躍ってます。
wktkのAA顔。
昨日、また旦那に○○日預かって欲しい・・
って言ったら
仕事を気にしつつも子守OKしてくれました。
ちょっと、勉強してきます。
幼児教室に通ってた頃、
コップ一杯の水の話を聞きました。
親は一杯の水を与えてるとしても、
子供からはその水は満杯ではないという事。
親が忙しくて水を注げなかったとして、
子供はいつまでもその空のコップを
実はずーっと両手で持って待っていると言う事。
次に、また新たなコップを出して水を求めて来た時
勿論親は水を灌ぐわけなんだけど、
いつかの空のコップは、必ず注ぎに行かなければいけない。
↑そんな話だったと思う。
今ある私が息子への知りたい事は
それに出てくるコップなんですよね。
殻に閉じこもったひよこをずーっと育ててる状態なので
親の知識と捻りが必要とされる。
今迄コップに注がれて行った
先生達の教えは私達家族を変えました。
その先生達の教えを肉付けして行くように
これからも地道に親の修行を積み重ねなければ・・。
殻に入ったままの息子はいつか、
殻から割って出てきて育ってきた子供達と
同じく鶏になってしまうので
終わりが、見えません。
勿論、障害者である息子がどんな感じで
大人になっているのか想像できませんが。
息子が小学校になったら、
私は子育てが楽になりブログが途切れて行くかな~と
思っていたら。
そんな事ありませんでした。
毎度ベルトコンベア式に、
注げ注げと私の目の前にコップがやってきてます。
多分、まだまだ試されてるんだよね。
とりあえず、目の前のコップ握りしめて頑張ります。