ブログ内では、私の語りに入ってしまうので
文頭に言いたかった事だけ書こうと思います
何を与える事が必要かよりも、コレを与える必要あるか?を。
以下、語りが入りますので苦手な方はスルーよろしくお願いします
自分のメモ帳には、
母親の理解
↓
何を与えることが必要か分かる事が大事
と、書いてありました。
当時、先生と幼児教室の有無を離してた時期があり。
ついつい、右脳教育だと発達障害に近くさせようとする行為と。
または、生き生きとした目を腐らせる行為と思う一部の方々いて
良い印象が少なくなる事もあります。
私も、子供がこういう子だと分らなかった頃は生後3カ月より
通わせていました。(療育を始めた半年で、4歳未満で退室)
幼児教室では得る物が沢山ありました。
しかし、ある時期に療育に通わせて
自分の子の特徴を学んでく上で葛藤が出てきました。
幼児教室では数々と
この授業は良いかもしれない!というのと
これは、あまりやったら不味いかもしれないと思う事があり。
結局、不味いかもしれないという事から遠ざけて
良い行為は親でも少々は出来るかも知れないと思ったので
退室する事にしました。
退室する上で、医師の話がしやすい先生に相談したのですが
その時にもらった回答は、
幼児教室も、悪い事は無い
という事でした。
その話からの上で、
何を与える事が必要か親が分かる事が一歩という言葉を。
その後、就学に向けて色々療育の場を探したり
療育に意欲的になってきたのですが
その経験から、
何を与えるか?から、
コレを与える必要はあるのか?
という言葉がいつも耳の中に小さく響いてたので
今日はこの言葉をブログに書きたいと思いました。
ただでさえ、療育の場は少ないと思います。
最近はNPO法人も増えていき
障害児を受け入れる施設も出来てきた気もします。
もちろん、設立してすぐに手を挙げたところで
数か月待ちや年待ちが当たり前にはなりますが。
しかし、そんな中だからこそ自分の子を学びながら
吟味する必要あるんじゃないかな?
または、子供に親が与えられる事もあるんじゃないかな?と思いました。
文頭に言いたかった事だけ書こうと思います

何を与える事が必要かよりも、コレを与える必要あるか?を。
以下、語りが入りますので苦手な方はスルーよろしくお願いします

自分のメモ帳には、
母親の理解
↓
何を与えることが必要か分かる事が大事
と、書いてありました。
当時、先生と幼児教室の有無を離してた時期があり。
ついつい、右脳教育だと発達障害に近くさせようとする行為と。
または、生き生きとした目を腐らせる行為と思う一部の方々いて
良い印象が少なくなる事もあります。
私も、子供がこういう子だと分らなかった頃は生後3カ月より
通わせていました。(療育を始めた半年で、4歳未満で退室)
幼児教室では得る物が沢山ありました。
しかし、ある時期に療育に通わせて
自分の子の特徴を学んでく上で葛藤が出てきました。
幼児教室では数々と
この授業は良いかもしれない!というのと
これは、あまりやったら不味いかもしれないと思う事があり。
結局、不味いかもしれないという事から遠ざけて
良い行為は親でも少々は出来るかも知れないと思ったので
退室する事にしました。
退室する上で、医師の話がしやすい先生に相談したのですが
その時にもらった回答は、
幼児教室も、悪い事は無い
という事でした。
その話からの上で、
何を与える事が必要か親が分かる事が一歩という言葉を。
その後、就学に向けて色々療育の場を探したり
療育に意欲的になってきたのですが
その経験から、
何を与えるか?から、
コレを与える必要はあるのか?
という言葉がいつも耳の中に小さく響いてたので
今日はこの言葉をブログに書きたいと思いました。
ただでさえ、療育の場は少ないと思います。
最近はNPO法人も増えていき
障害児を受け入れる施設も出来てきた気もします。
もちろん、設立してすぐに手を挙げたところで
数か月待ちや年待ちが当たり前にはなりますが。
しかし、そんな中だからこそ自分の子を学びながら
吟味する必要あるんじゃないかな?
または、子供に親が与えられる事もあるんじゃないかな?と思いました。