ブログ内では、私の語りに入ってしまうので

文頭に言いたかった事だけ書こうと思いますクラッカー



堂々と親馬鹿になっていいと思う。



以下、語りが入りますので苦手な方はスルーよろしくお願いしますあせる



怪物君も昔、言ってたのを思い出します。

とある番組で、天才児の子育てみたいな物をやっていて

親馬鹿は天才児を育てるという話に関心した事がありました。


その後、とある幼児教室にての母親講座。

そこでも理事長はおっしゃっていました。


私は末っ子だった事もあり、

うちの親は子供は他人の前では褒めない事が当たり前。


他人の前で子供を自慢したくても謙遜するのがモットーの世界。

せっかく積み重ねたり

親に褒められたくても、その気持ちがパーになってしまう事も。


子供だった私から見た親は絶対的な存在であり、

大人と違い、日頃は違うけど今はこう!っていうのが分らない所もあるので。

母親が謙遜のつもりで、他のママ達の前で子供をダメダメよ~って言うのを聞き

せっかくの達成感もバラバラになってしまっていたのでした。

その経験があったので、私も子供には気を使っていたのですが。


やはり、発達障害児という事に気付いたり育てる上で

周囲や親戚達、一部の相談員からは攻撃の的とされました。


○○が出来る様になりました!


と言うと、それで満足してどうするの?

今は○歳でしょ?普通はもうみんな出来てる物なんだよ。


という反応。

もちろん、療育施設で悩みを抱えてる親達の場では

お互いのストレスになるだけの暗黙の了解なのでしませんでしたが。。


それ以外の場で起こった周囲からの反応には

ますます私の親馬鹿を破壊させる物となりました。


悩みを抱えてる事を訴えたり、素直に凹む気持ちを出せるママには

そういう言葉は誰も言わないと思います。

どちらかというと、

「周囲と比べずに、その子だけの成長を喜んであげて」と。


私も、いくら親馬鹿でも馬鹿親にはないように気を付けてるつもりなので

周囲と比べると、子供の立ち位置を考えた上での

自分の子のみを見た成長を喜んでいた事だったつもりなのですが

プラスな発言を、変な方向に捕えられてしまったらしく


「まさか、現実見てる?」

ってな方向に。


その小さな親切が、

子供の頃だった時と同じ様に

また傷つけられると言う悪循環へとなりました。


親馬鹿になったら、恥ずかしいの?

障害者の親が親馬鹿になるのは、実は許されないという現実。


その後、私は中川信子先生の本を読む事になります。

本の中で中川信子先生は、子供の目線や気持ちを!という

そういう事をおっしゃられていたとは思います。


しかし、その本を読んで私は

堂々と親馬鹿になってていいんだ!!

と再確認出来て、小さな光が見えました。


また、親馬鹿になると他人の子供の成長が嬉しく感じ

嫉妬心という物が追い払われました。


人によりそれぞれだとは思いますが、

私の場合は親馬鹿になる程に自分の子が誇らしくなると

他人の子への嫉妬が無くなるようです。


嫉妬心が間違った方向に行くと、

お友達親子もライバルへというおかしな見方をするようになります。

ライバルと言うのは、競う場であって療育の場ではあるべき物ではないのに。


世の中には、謙遜というのを美という感覚が未だに残っています。

また、子育て中の母親を試験官になったような目で見るような立場で見たり

試験官のような目をする事がその母親にとって思いやりと勘違いしてる人もいます。

そういう目は入学試験や行動監査の先生だけで良いと思うのですが。


確かに、同じ悩みを持ったママ達の中では

自分の子供の自慢はいけないとは思います。

それを聞く事で、互いにプレッシャーになるし。


でも、それ以外はOKなんじゃないかな?と。



親馬鹿が天才児を育てられるのなら、

障害児の親も親馬鹿で育児を続けてていいんじゃないか?

もちろん、親馬鹿になってしまったが故に

子供を期待で押し殺さないように心がけた上での事なら。


ってな訳で、今日も親馬鹿になっています。