ヤフーニュースのこの記事。
「わたしたちは『社会』をもっと信頼していい」――鴻上尚史流、コロナ禍におけるSNSの接し方
『社会』をもっと信頼していい」のタイトルに惹かれて読みました。
「世間」と「社会」の考察が面白かった。
ここが欧米文化圏の範囲内だと言っていいのなら、
「欧米には”世間”は存在しない。”社会”があるだけ」には、ちょっと違和感があるんですが。
”世間”と”社会”の間で、態度を使い分けることがない、という方がしっくりくるかな。
社会への信頼という部分では、
そう言えば、
子どもを育てる中で
『世の中はそんなに甘くない』的な意見を
オージーの口からは聞いたことがありません。
実際けっこうユルイから、
世の中の目を気にさせる必要もないよね、、と言ったら元も子もないけれど。
そうやって「世の中」に対するムダな先入観を抱くことがなく育つからこそ、
安心して「世の中」に出ていくことができて、
安心しているからこそ「世の中」の優しい部分が見えてくるのかもしれない。
「信頼」は循環していくんですね。