中期中絶は21週6日までしかできないので、本当にギリギリまで悩みましたが、最終的にはさよならをすることに決めました。
21週3日頃に入院したと思います。
入院して子宮口を広げるための処置や無痛分娩のための準備などをして部屋に戻ると、とめどなく涙が溢れてきました。
私と夫は、赤ちゃんにできることはしてあげたいと思っていました。
赤ちゃんを抱っこしたい、体を拭いてあげたい、一緒に写真も撮りたい、自宅に連れて帰って過ごしたい。
そして葬儀屋さんにお任せするのではなく自分たちの手で全て行いたいという意見で一致しました。
棺や骨壷も自分たちで用意しました。
夫が火葬場に連絡しなるべくお骨が残るように温度を下げて火葬してほしいと頼んでくれました。そのために火葬は朝になりました。
夫はドライアイスの手配もしました。
手形足形を取るための準備もしました。
棺に入れる敷布団、掛け布団、赤ちゃんに着せる肌着、おむつなどは私が手縫いで作りました。
赤ちゃんが旅立つときに持たせてあげたいと、おやつやミルクやおもちゃ、折り紙を用意しました。
病室でこれから生まれてくる、そして亡くなる赤ちゃんのために夫と折り紙を折りました。
こんな悲しいことを目の前にしているのに、ただ真剣に折り紙を折る、可愛いウサギやイチゴの折り紙を必死で折るなんて、何だか滑稽でした。
バカバカしいのかもしれない。
自分たちの手で赤ちゃんの命を奪うのに、偽善なんじゃないか。
頭の片隅でそう思いながら、それでも後悔のないように想いを込めて準備をしました。
そして遂に赤ちゃんが生まれました。
頭蓋骨が柔らかく生まれてくるときに圧力で綺麗に出てこれないかもしれないと言われていたけど、とても綺麗な女の子でした。
手も足もしっかりあって、目は閉じているけどしっかりした顔をしていました。
両手の掌を広げたらそこにおさまるほど小さな赤ちゃん。
夫は泣いて泣いて大変でしたが、私は泣けませんでした。
理由は今でもわかりません。
こんなに小さい赤ちゃんを前に冷静な気持ちになっていたのかもしれないし、ショックで感情が止まってしまったのかもしれません。
トレイに乗った赤ちゃんを預けて、体を綺麗にして服を着せてあげてくださいね、と言い残して助産師さんが退室し私たち二人になってしまうと、こんな皮膚の薄い赤ちゃんのケアなんてどうしていいかわからず、結局助産師さんにお手伝いいただくことになりました。
ガーゼで体を拭いてあげて、持参したお手製のおむつと肌着を着せました。それからそーっと抱っこしました。
病室に戻ってからは棺の中にドライアイスを詰めたり、布団を敷いたりして夫は忙しそうでした。
私はベッドに横になりそんな夫の姿を見ていました。
赤ちゃんの状態を少しでも良く保とうと、夫は必死のようでした。
いくら自分たちが命を奪った赤ちゃんでも、可愛い我が子には違いないんだなとしみじみと思いました。
この数日、上の子(長男)は私の母が私の自宅で預かってくれていたので夫と私は二人でめいいっぱい赤ちゃんのお世話をしました。
確かこの日は夫も病室に泊まったと思います。
つづく