母を想う | 自分の思いを表現するブログ

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思いつくまま記録しています

何年も前の話

母が交通事故に遭った


その知らせを受けたとき
頭が真っ白になるって
こーゆーことかと思った。


真っ白になって目の前がチラチラした


とにかく頭を強く打っていると聞いた


ハッキリとした状況がわからないまま
母が運ばれた病院へ向かうあいだ


ひたすら祈り続けた

「お願い、生きていて」



母は後頭部を強く打ち
額から目のあたりまで紫色に変色していた。

頭の後ろを打つと前に脳が動いて
顔面側に当たることによって
内出血するらしい。


わかりやすく言うと
水を張った洗面器に豆腐が浮いているのを想像して、片側から強く力を加えると豆腐が動いて反対側に当たる。

そういうこと。



その姿に涙が出た。


「痛いぃ  痛いぃぃ」と呻く母


とりあえず生きている
少しだけホッとしたのを覚えている。




外傷性のくも膜下出血と脳挫傷

そう医師に言われた。



今後どんな後遺症が残るかはまだわからないと。




沢山の管やチューブがつけられて、しばらく入院することになった。



一ヶ月入院した。



何度か容体急変で呼ばれ
こちらも生きた心地がしなかったが


奇跡的に
言語の後遺症もなく
身体の麻痺などもなく
てんかん発作も起こらず


無事に退院したのでした。



ただ
数ヶ月後に発覚したのは
嗅覚がなくなっていたこと。


母も最初は気づかなかったらしい。


入院していた病院は
寝たきりの高齢者が多く

汚物の臭いがかなりする病室で


お見舞いに行くと
ひどい臭いだったりして

みんな、すごい臭いだねと言う。


でも母は
「そお?」


その時から臭いは感じていなかったみたい。



嗅覚は失ったものの


自宅療養の後、一緒に街に買い物に出かけられるくらいまで回復した。


その頃、私はまだ20代


家族と暮らしていた。



母と買い物に出かけて
ランチした時


少食の母がパスタを完食

「食欲出てきたね」と私が言うと


「頑張って食べた」と母


嗅覚を失うと
味もあまり感じない。



その「頑張って食べた」が

なんか子どもみたいな言い方で


突然、母が子どもになってしまったような変な感覚。



今までは私がお母さんの子どもで


私の「お母さん」


だったのに



そのお母さんが
急に小さくなってしまった気がした。


急に立場が逆転してしまった感じ。


まだ私は、お母さんの子どもでいたいのに


お母さんの方が子どもみたい。


いつか母が認知症とかになったら


もっと、そう感じる時が来るのかな

そんなことまで考えてしまって


なんだかとても悲しくなったのでした



いつのまにか

小さくなった母



大人になった自分を突きつけられたような


もう甘えられる相手ではなくなったんだと妙にさみしさを感じたことを覚えている。




時を経て



私も母になった。


そして

いつか立場が変わる時が来る。



いつになるかはわからないけど


その何とも言えないさみしさを子どもたちが抱える時までは



子どもたちに


たくさん与えていきたい



ふと、そんなことを思った。