叶わなかった正義でも
どこかで
誰かの役に立つこともある


よく
他者の行いで、許せないことがあったって、
それを結果的には許そうね照れ
みたいな考え方が、よしとされるけど


それは
当事者にとって
その時はあり得ないこと


まだまだ怒り度が足りなくて
その怒りを💢💢💨を
どこかに  ぶつけることしか思い浮かばないショボーン



許していいのかどうかわからない、
ってのは
そのずっと後から。




背負った怒りは
罰でもなく
試練でもないのに



ただそこにある現実なだけなのに



あの時
あんなことしなければ
怒りの矛先が今度は自分自身に向けられる



どんなに
苦しくても
府に落ちる考えは自分で経験してみないとわからないね照れ