生きてくれて ありがとう🩷
またいっしょに同じ時間を生きれる
考えただけで胸が熱くなる
手術合計5回 入院は数え切れない
抗がん剤治療…
ありがとう
何度目かの手術終わりに
先生にも看護師さんにも今日は会えません…と
言われた時があって
何時間も待ってた…
一瞬でも良いから顔が見たいって懇願した
手術室から出る一瞬見れるかも…と思い
それでも待ってた
加ト吉がベッドのまま出てきて
私は かけより加ト吉に
「加ト吉」て声をかけて 思わず
看護師さんの停止する手を払いのけて
加ト吉の手を握った
一瞬 加ト吉が 目を開けた気がした
後に…加ト吉が
その時の事を振り返り話してくれた
「さちぴんが手を握ってくれて」…
戻ってこれたって…
入院中で一番辛かった時期はコロナの時
コロナ禍の中 お見舞いが禁止されてる中も
毎日 病院へ通った
ガラス越しに一箇所だけ外と繋がってる場所を
見付けて 毎日少しだけ顔を見に行った
時々 はなちゃんも連れて行った
車椅子で加ト吉も その場所まで来てくれて
ガラス越しに携帯で話した
私たちが それをやりだして
他の患者さんもやる人が出て来たみたいで
張り紙がされて禁止された
だけど 今でも あれは良い方法だと思うし
別に大声で話す訳でも患者さんと接触する訳でもないから …良い考えだったと思ってるんやけどね
なかなか加ト吉が退院出来なくて
心の中で強く毎日お願いした
色んなありとあらゆるお得意の神さまや
ご先祖さま、ガネーシャに…
「私の元気を加ト吉にわけてください。
私は少しくらい大丈夫です。お願いします。加ト吉を家に戻してください」てね
そしたら しばらくして急に加ト吉の退院が
決まり…帰ってきた その日に
私は起き上がれなくなり呼吸出来なくなって
コロナで肺炎になった
当時コロナの入院患者が多くて
受け入れてくれる場所がなくて
車で40分ほどかかる病院へ毎日 点滴を打ちに行かないとダメになり…病院のローカで点滴を打ってもらってた。加ト吉が退院したてで しかも
私 コロナなのに… 加ト吉が病院の送迎をしてくれた。 一週間くらいして 熱が下がり
やっと呼吸も楽になり…
あれから何年だろ?
あの時から 私の体 少し弱くなったんよね…
更年期に突入したしね
神さま…仏さま…ガネーシャさま
偉大な何か?わからないけど
お願い事を聞いてくれる
息子が何度も死にかけた時もお願いした
仕事をやり遂げたい
どうしても稼ぎ出したい時も
「今後 〇〇〇円稼ぐまで 両親の借金返済までは一日も休み返上します。どうか家を家族をお守りください」てね
私は 神様との約束通り 25年間
一日も仕事を休まなかった
もちろんお正月も…
息子の小学校卒業 中学入学…高校…大学
色んなイベントや遊び
全て仕事に費やしてきた
加ト吉がお母さん代わり
私はお金を稼ぎまくった
やっと ゆっくり出来るようになってきた最近
加ト吉がいるから息子がいるから
今の私が存在してるし
二人には感謝しても仕切れない
私が生きてる
この世に存在してる
喜びの全ての意味を教えてくれた
私は自分自身が大切にしようと決めた人
家族に迎え入れると決めた人は
自分の命をかけても守ると決めてる
来るもの拒まず去るもの追わず
のルールを自分に取り入れてる
受け入れるけど追わない
相手の成長や行動に制限はかけたくないから
息子が巣立つのも
加ト吉が巣立つのも良しだと思ってる
もちろん居心地良いならいてくれたらいいと…も
空っぽの自分に 沢山の彩りを与えてくれてる
加ト吉と息子に感謝してます
生かされている限り
生きようと思ってるし
願いは叶えられると信じてます
本気で叶えたいことは
叶えられると思います
加ト吉 生きてくれてありがとう
お誕生日おめでとう
息子にも…
加ト吉にも…
