内閣不信任案が否決されたそうですね。
(うちにはテレビが無いので今日の朝刊で知りましたw)
最近特に、日本の政界にうんざりです。
誰かどうにかしてください。
本当に、子どものケンカにしか見えない。
まず、政権を「批判する」という手段がそれ自体が、目的化してしまっているように思う。
何のために政治家になったんですか?
金のため?名誉のため?
「日本を良くしたいから」とか、「困っている人を救いたいから」じゃないの?
それなら、野党(今では与党までもだけど)の仕事は首相や内閣を批判することだけではないでしょう。
悪いときには批判して、良いときには認めて。
批判だって「そんなんじゃダメだ。まったく能無しなんだから。そんなんだったら辞めろ」じゃあタダの悪口じゃないか。
「それだとこんな悪い結果になってしまうから、こうすればもっといいよ」
っていうべきなんじゃないの。
国民のためになるように、っていうのが仕事なんだったら、
「政権を批判するため」の批判じゃなくて、「法案をよりよくするため」の批判をしてくれよ。
常に粗探しをして、首相や与党が少しでもしくじったらここぞとばかりに突いていく。
くだらない。
「批判」は手段であって、目的は「国民生活の改善」のはず。
「批判するための批判」に違和感を覚えるのは、「それがお前たちの仕事じゃないだろ」と言う思いがあるからでしょう。
同じような話で、
「リーダーがだめだから辞めさせよう」って、そんなんでいいの?
例えばオケ部の部長がリーダーシップの無い奴だったとして。
「あいつダメだから辞めさせよう」ってなるか?
部長じゃなくてもみんなで、それぞれが得意な分野で協力して、部長の足りないところ補強しあって、
そうして「みんなで音楽を楽しく演奏する」という目的のために頑張っていくんじゃないの?
もちろん、部活の部長と国の首相では責任の重大さがまっったく違う。
でも、チームのあり方を問うなら、根本は同じじゃないのかな。
悪いところ探して、ダメだから辞めさせて。
どうせ新しいリーダーを立てたって、同じことを繰り返すんでしょう。
ダメなら、何がどうダメで、「だからどうすれば良いか」まで言えなきゃいけないと思う。
ただ批判したいだけ、辞めさせたいだけ、に思えて仕方が無い。
「批判の仕方」にも疑問(と憤り)を感じずにはいられない。
まず、「批判」ではなく「悪口」になっていないか。
以前読んだ「話し方」系の本に書いてあったこと。
人の悪いところを言うのは「悪口」。
人の悪いところから、「自分ならどうするか」「どうすればよくなるか」を言うのは「批判」
今の政治家の「批判」でよく耳にするのは
「震災の対応が遅かった、間違っていた、不十分だった」
「リーダーシップがない」
「場当たり的でだめだ」
といったもの。
じゃあ、どうすれば良くなるのか。
じゃあ、お前だったらできたのか。
次に、批判の仕方が主観的・抽象的すぎやしないか。
「リーダーシップが無い」なんて、その際たるものじゃないだろうか。
「リーダーシップ」って何だよ。
「菅さんのすべてが悪い」とか、テキトー過ぎて笑えてくる。
こういうのを聞いていると、「ただ悪く言いたいだけなんでしょ」って思ってしまう。
つまり説得力が無いんです。
「本来の民主党から外れている」って、本来の民主党って何だよ。
あなたの頭の中にあるだけじゃないのか。あなたがしがみついているだけじゃないのか。
その「本来」って、みんなが共有しているのか。
そうじゃないなら、それは「本来」ではなく、「逸脱した」だろう。
プロなんだから、感情に走って主観的なことばっかり言ってないで、
きちんと論理立てて、みんなにも分かるように、きちんとした批判をしてくださいよ。
あいつダメだから降ろそう。そのついでに俺たちがもっと良い位置にいけるようにしよう。
そんなんじゃなくてさ。
こんなに大変な時期なのに、なんでそうなるの。
与党も野党も、菅さんも小沢さんも、
みんな目的は同じはずじゃないか。
もっと協力し合ってくれよ。
もううんざり。
でも、こんな政治家を、私たちが選んできたのかと思うと。
渋谷のスクランブル交差点で「うわーすごい人。気持ち悪いー。みんなどっからこんなに沸いてくるんだろう。」
「はっ、私もその一人だった・・・!」
っていうくらいのショッキングさですね。←
政治には、ちゃんと関わっていかなきゃいけないと思う。
ほっといたから、こんなんになっちゃったんじゃないかと思うから。
(ほっとかなくても結局はこんなんなのかもしれないけど)