8月の末に母の介護申請をしていましたが、やっと出ました。


要支援を想定していましたが、結果は要介護1になりました。


その結果を熟年相談室に報告したら、要介護1だと使えるサービスも増えるので、まずはケアマネージャーさんを決めましょう。

その前でもデイサービスの見学もできるけれど、お母さんはデイサービスは嫌だと以前に仰っていたから、要介護1なら訪問介護で運動のリハビリを受けることも出来ますよと。

まずはお母さんご本人の意向を聴いてみてくださいとのことなので、どちらにしても運動は必要と思うので母に話をしました。


やっぱり母は最初はデイサービスは嫌だと、訪問介護なら良いと言っていたのですが、デイサービスもどんなところか見学だけすることもできるよ。

見てみてやっぱり嫌だったらやめればいいんだし、見学したら絶対に行かないといけないことはないから見るだけ見てみる?

それともそれも嫌かな?


そう聞いたら、「見学だけならしてみる」

そう言う返事だったので、それならと、母は今はほとんど家から出なくなっているし、一時寝たきりの状態からはだいぶ良くなって歩くことも出きるようになったけれど、その足取りはとてもゆっくりになってしまったし、こちらも出来ればデイサービスに通ってもらった方が

外に出て刺激を受けたり何かと良いだろうと、あわよくば、見学したら行く気になるかもしれないとの期待も芽生えつつ、2ヶ所に見学の予約をしたのです。


そうしたら翌日は朝から機嫌が悪い。

見学に行くとは言ったものの、やっぱり嫌になってきたのかな~とは思いながら、それでも一度は見ておいた方が良いしな~と機嫌の悪さには触れずにこちらは普通にしていました。


そしてまた次の日、朝から弟から電話があり何事かと思ったら、お母さんがやっぱり行くのが嫌だって、朝ご飯も食べずに泣いていると言うのです。


なんですと?

泣いている???


これが私の何かに触れました。


嫌なら嫌だと言えば良い。

なにも泣くことはなかろう・・・


母と電話を変わってもらって、話をしましたが、私もカチンと来てしまっているので本当はキャンセルすることもできるけれど、少しは嫌なこともやってもらおうと、キャンセル出来るとは言わずに、前にも行ったけど、見学してもその後で断れば良いし、私がちゃんと断るから、もう予約したから行くだけはお付き合いして行って欲しい。そう伝えました。


そうしたら、しぶしぶながら、最後には捨て台詞のように、行くだけ行くわよ!  ですって。


その答えが出るまでには、お母さんが自分で行くって言ったから予約したんだよって言ったら、行くって言ったのは、私がそう言わせたとか人のせいにしたり、何か聞いても答えないて無視したり、本当に可愛くない。


もう年だからね、子供に返っているから仕方がないよね。


そうなの。

そうなんだけど・・・


仕方ないんだけど・・


でも、私の中にくすぶっていたものがじわじわと煙を上げ始めました。


過去に私を生きるセラピーで癒したはずの傷が再燃してしまったみたい。


私はまだ母を許していない部分がある。


母を許せない。


いろんな記憶が甦ってきて、じわじわと怒り、じわじわと悲しみ、


じわじわ、じわじわ


だけど、一方では、

母もまた未熟な一人の人間、未熟なひとつの魂。

母は母で一生懸命生きていて、私に対してもひとつの役割を演じて見せているだけ。

そう思う自分も同時にいる。


分かってる、わかってる。


だけど、許せない。

そう言うもう一人の自分。


許せないと言う自分に寄り添って癒してあげるのが、今まで教わってきたセラピーの方法。


だけど、それも完全じゃなかった。


時間がたつと再燃した。


今は自分の中にいろんな次元の層の自分がいて、ワチャワチャしている状態になってる。


許せないと言う過去の自分をまた癒してあげれば良いのかもしれない。


でも、今はもうそのフェーズではない気がする。


さて、明日は母を整形外科に連れていく日。


泣かれたのが土曜日。

日曜月曜と連休で仕事だったりと合わないでいられたから、それから母に合うのは初めて。


私はどんな顔をして母に会うのだろう。


普通にしていられるかな。


楽しみとは思えないけど、

それでも楽しみと言っておこう。