以前あるセミナーでパートナーになった男性A氏は私にこう言いました。
「ショウコちゃん、僕たちアンチなんか出てきてもコワくないよね!」
彼は年商10億のファッション系ショップチェーンのオーナー。彼は地方から単身上京、裸一貫から今の成功を築き上げてきた方で、きっとそのプロセスでいろいろな闘いを経験してきたことでしょう。
鋭い眼光を持ち「絶対成功してやるんだ!」と戦国武将のように経営を拡大してきた彼は、恐らくこれまでに、反旗をひるがえすスタッフや、足をひっぱろうと嫌がらせをする人たち・・・いわゆるアンチと散々闘ってきたであろう彼が、なぜいまさらそんな話を?
今から思えば、きっとオープンセミナーをやりだした当時の私へのメッセージだったのではないかと思います。
会社も経営者もミュージシャンもタレントも、注目されて成功すればするほど、それに比例してそのスキャンダルをかぎまわる人たちが出てくるものです。
会社では、共通の上司を目のカタキにすることで、同僚との結束力を強めようとしている人たちがいます。学校でのイジメも同じようなものです。家庭の中でもお母さんが子供たちと同盟を組んでいて、いつの間にかアンチお父さんになっている、なんてこともあります。(うちもそうでした。ゴメンネ!お父さん。)
何だか懺悔コーナーになりそうなので、話を元に戻すと・・・人の目につくようになると、必ず良かれ悪しかれ評価の対象になる、ということです。
お恥ずかしいのですが、私は20代の頃、自分の書いた文章にケチをつけられただけで、頭に血が上ったことがあります。ましてや人から矯正されるとか、叱られるなんて、やってられねーよ!という人でした。
そんな私が、おかげさまで今では研修の度に御願いしているご参加者からのアンケートに、冷静に目を通すことができています。ほとんどが良かった感想ですが、ご親切に具体的なアドバイスを書いてくださったり、中には辛口のコメントを率直に書いてくださる方もおられます。
自分に対してマイナスの評価を持つ人の存在を快く受け止めることは難しいかもしれませんが、その評価はあなたの価値を決めつけるものではなく、あくまでもその人の価値観を通したその人の感想に過ぎないと思えば気持ちは変わるのではないでしょうか。
たとえば誰かがあなたのことを「冷たい。無愛想だ。」と言ったとしたら、その人は「人には親切に愛想よく振舞うべきである」という価値観を持っているのかも知れないのです。
「ああ、あの人はそう思うんだな。」とただ受け止めることができるとラクになります。
カリスマ講師のAさんは、私にこう話してくださいました。「昔仲が良かったのに、私が売れてきたら陰で悪口を言うようになった人がいるの。でも私のことを陰で、あーだこーだという人は、私の存在が気になって仕方がないんだと思うのよ。そう思えば腹も立たないでしょ?」
そんな“アンチ”とのかかわりの中にも、きっと成功のための気づきの種がいっぱいあるんだろうなぁと思いました。