父の入院⑲  脊髄梗塞  定期面談 | 介護と私とColosseo(ヒーリングと石鹸の家)

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子ども二人。孫三人。
夫は5年半の闘病の末2024年4月に他界。
色々大変なこともあるけど
地球を大切に、自然と共に、大地を癒し、穏やかに生きていけるように。
日々の記録を残してます。


2月に自宅で立てなくなって倒れ、脊髄梗塞の診断となった父の話です。

発症当時



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熱くなってきましたねー💦💦まだ自律神経が万全でない私は、もう日中外に出る時は首冷やしながらやないと不安です。これから面会ちょっとキツイなー😓



昨日は主治医、理学療法士、看護師との面談でした。


父の現在の状態と今後の予想ですが


思ってたより厳しい状況で、これから本人にどう伝えて行くか……



つい数日前に、「左足の動きが良くなってきた!」と喜んでいたのに、回復状況、年齢、体力、持病を鑑みれば、病院を出ないと行けない3ヶ月半後も今とそう変わらないと思われます、との話でした。


先日喜んだ話




特に排泄管理は難しく、在宅になったとしたら介護保険をギリギリまで使って訪問看護や介護に来てもらいケアしながら排泄介助をしてもらわなければいけません。


大動脈瘤が大きいので、明日急変しても不思議ではない状態でもあるし、全体的に明るい話は何もなかったです。


ものすごく期待していたわけではないのですが、実際話を聞くと


ほんでどうしたらええの?

な気持ち。

余命宣告ではないけど、「下半身麻痺は良くなることはなく、自分でトイレに行って用をたすことはむりですよ」と言われれば誰でも落ち込み、悲しみ、絶望するやん。
でも、「人間は時間と共に少しずつ受け入れていくことができるから」と、昨日主治医にも言われたけど、どうやろうなー……
まわりに辛さを話しながら、自分で気持ちを整理していくしかないし、なかなか受け入れられなくても、前向きに生きようとしても、それは父の意思で決めることやから、私には責任みたいなのは無いのはわかってる。


たぶん私が、絶望しながら、弱っていきながら、毎日病室で1人過ごす父を(全員個室の病室です)見るのが嫌なんやと思います。これは私の問題やから、父との境界線みたいなんをうまく作っていかんと、また心身のバランス崩すよね😅



食事がとれない事に関しては、病院側がだいぶ配慮してくれて、持ち込みをオッケーにしてもらい、預けといたら看護師さんが適宜提供までしてくれることになりました。

ありがたいことです、本当に。




花壇のすみっこのサラダミックス🌱まだ採れます🌱🌱



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旦那との5年4ヶ月、このブログのまとめ本です。

大動脈解離・大動脈瘤手術・脳梗塞・リハビリ・介護施設・介護。あと、アスペルガー夫・カサンドラ妻の話も少し。

興味のある方に読んでいただけると嬉しいです。