2月に自宅で立てなくなって倒れ、脊髄梗塞の診断となった父の話です。
発症当時先日、元プロ野球選手の石川翔さんが、脊髄梗塞を発症されたというニュースを見ました。まだお若く小さなお子様もいらっしゃるようで、なぜ…と思いますが、若くて体がしっかりしてはるから、リハビリ頑張ってまた活躍していただきたいです。
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あっという間に3ヶ月経ちました。
表向きは、父は回復期リハビリ入院生活に慣れ、母も日中1人で過ごすことに慣れ、私は入院当初の週5の面会が、週2〜3になり、それぞれ落ち着いた感じ。
でも父の心中は落ち着いてなく、先への不安と絶望で混沌としているようです。
救急搬送から入院になり、その後数日は食事が摂れてましたが、1週間もしないうちに食事が運ばれてくると吐き気をもよおすようになり、以降3ヶ月本当に少ししか口から食べ物を入れてません。
1ヶ月くらい前に中心静脈栄養になったので、必要な水分やカロリーはギリギリ摂れてはいるのですが、咀嚼や嚥下機能も低下しそうやし、できるだけ口から食べ物入れてほしいのです。
何か食べたい物はないの?と聞いても、いつも首を横に振り、面会時に、(こんなんやったら食べるやろか…)
と思うものを持って行っても、本当に小さな一口を食べて「もういい」と。その一口も、たぶん「せっかく持って来てくれたんだから」という気持ちで頑張って少し口にしたんやろうな……と感じる状態です。
私は母と面会に行ったことはないのですが、先週実家で母と話しているときに、父が母に
「もう、3ヶ月や、この後俺はどこに行くんや」
と言った話を聞きました。父は私にはそういう事はこれまで言ってないのですが、父の中に
「この状態では家に帰れない」
「だとしたらこの後最期まで施設なのか」
という不安がものすごくあるんやろうなと思います。
もともと外食を好まず、家のご飯(父は料理もけっこうできました)が一番で、「家で・家族と・家庭料理」を何十年も続けていて、それが急に、「病院で・1人で・病院給食」になり
下半身麻痺で動くこともできず、全てにおいて、やってもらい、手伝ってもらわないと生きれなくなって、家に帰れない、となれば、そりゃあ食欲もなくなるわ……と察するけど
どうしようもない!
旦那との5年4ヶ月、このブログのまとめ本です。
大動脈解離・大動脈瘤手術・脳梗塞・リハビリ・介護施設・介護。あと、アスペルガー夫・カサンドラ妻の話も少し。
興味のある方に読んでいただけると嬉しいです。


