片道200kmかぁ・・・日頃「その辺」までしか車に乗らないからどれくらいかわからない(^^;
堺市南区
ヒーリングサロン Colosseo
店主 谷口綾子です。よろしく
用事でちょっとだけ帰省していた娘が、「新宮に会いたい人がいるのだけど、一人で車で行くのは不安なので一緒に行って」と言うので「はいはい」と付き添うことに。
先方に「車は神倉神社の駐車場に」と言われたらしいので場所を調べたら。
神倉神社って、熊野速玉大社の摂社で目と鼻の先!
私、熊野三山って「熊野本宮大社」しかお参りしてなくて
あと二つは「遠いわ~そのうちね~」
と、氣になりつつも半ば諦めておりました。
降って湧いたようなラッキーで、ウキウキしながらのドライブに。
休憩もとりつつ、4時間もかかりましたが、無事に
「神倉神社」に到着です。
熊野速玉大社の摂社、ということと、御神体が「ゴトビキ岩」という磐座という情報のみだったのですが

え・・・
これ登るの!?
としばし呆然。
でもせっかくやから上がってみる?

めっちゃ急なんです!
手すりもないし、段幅も狭くて
私も四つん這いではい上がる形で登りました。

第1段階を登りきると、急に空気が変わりました。

なだらかな石段をドンドン上がって行きます。
そして
お社のところまで登りきると・・・

わーーーー!海がーーー!
すごい眺めです✨✨
振り向くと・・・

おおーーー!
磐座とお社です
娘が撮ると

だいぶ違いますね。

磐の大きさがわかりやすくなりますか?
佐賀の巨石パークでも、
「でっかいなー!」な磐座をたくさん見ましたが。
どういう経緯でここにあるんでしょうね。
不思議ですが、生きているんやなぁ・・・と感動します。
以下サイトより
【神武天皇紀(日本書紀)には戊午年(ぼごのとし)六月(みなづき)に狭野(佐野)を越えて「熊野神邑(くまのみわのむら)に到り、 すなわち天磐盾(あめのいわたて)に登りて」…と記されている。
神武天皇の聖跡である熊野神邑とは現在の新宮の古称である。天磐盾とは神倉山あるいは、神倉山頂上付近に鎮座する現在の通称ゴトビキ岩(神倉神社の御神体) であるとされている。
市内最高峰の千穂ヶ峰の東南端にある神倉山120mの頂上付近にその御神体はある。ゴトビキ岩の標高は80mとか。 現在神倉神社は新宮市内にある熊野速玉大社の摂社になっているが、熊野速玉大社の奥の院とも言われ、元宮が神倉山にあったのでその 旧社に対して速玉大社の地を新宮としたという。
神倉山は熊野大神が熊野において最初に降臨したとされる聖地で、ゆえに神倉神社は熊野根本大権現とも呼ばれた。
538段の急峻な石段は、源平合戦での熊野の功労にたいして、建久4年(1193年)に源頼朝によって造営されたといわれている。
神倉神社の御祭神は高倉下命(タカクラジノミコト)でニギハヤヒノミコトの子供である。
参考資料;『ピラミッド山の具象構造と概念構造』 】
標高が高いからってのもあるのでしょうが、とにかく清々しい神社でした。
偶然でしたが、本当に来れて良かったとおもいました。
さて・・・帰りです
下りも手を使わないと恐い怖い
真っ逆さまな感じです。
神倉神社のお参りと、娘の用事を済ませてから
熊野速玉大社に


美しいお社でした
キリッとカチッと
「すいません」と謝りたくなるような、格式(?)みたいな感じを受けました・・・
季節的に、このあたりは杉だらけの場所なので、車から降りると大変なことになりましたが(笑)
くしゃみを連発しながらの旅で、最後に引いたおみくじは、最高のお言葉が書いてあり、幸せな気分に。
もちろん帰りも四時間かけて(笑)
付き添い旅行のはずが、なんだか満たされた1日でした。

美しいです(///∇///)
