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気づいた瞬間に消えている。
自我との一体化 が薄ければうすいほど、これが起きやすい。=無我
自我(わたし)が不在だから、執着がおきない。
わたしは、 + ~である
「わたしは、」がなければ「~である」は単なる現象でしかない。
= 「わたしのもの」ではない。
わたしは、起きる。→ 起きる、という現象/これ
わたしは、食べる。→ 食べる、という現象/これわたしは、歩く。→ 歩く、という現象/これ
つまり、それは「わたし/わたしのもの」ではないから、
そこに 意味や価値といった(色付け)がない。
=個人的なものでない。
ただただ、起きていることを、
シンプルに、
「わたし、」という概念を抜いて
それを「 観察/かんじてあげる 」

= 「わたしのもの」ではない。
わたしは、起きる。→ 起きる、という現象/これ
わたしは、食べる。→ 食べる、という現象/これ
そこに 意味や価値といった(色付け)がない。
=個人的なものでない。
ただただ、起きていることを、
シンプルに、
「わたし、」という概念を抜いて
それを「 観察/かんじてあげる 」
