今日のブログは長文かつ辛口です。
公開を制限してはいますが、気分が沈むのでこのままスルーしてもらっても構いません。
今日はルナっつの学級のアッセンブリーでした。
毎回13:00~13:20くらいの短い時間なのですが、1学期に1~2回、年に3~4回ほどしかないのでなんとか都合をつけて見に行くお母さん方がたくさん。
ちなみにクラスメイトは23人、見に来ているお母さんは毎回平均15~17人といったところか?
もちろん両親ともども働いていて見に来れない家庭あり、
職場からお休みをもらってわざわざ見に来る家庭あり、
毎回お父さん、お母さんと交代で見に来ている家庭あり、
いろいろです。
私といえば今日のアッセンブリーのために職場に早退を申し出たところ、「休んでいいよ」との言葉に甘えて1日フリーに。
このところ仕事で疎遠になっていたボランティアも、朝9:00から久しぶりに参加した。
今日のボランティアは図書館での新刊の本のカバーリング。
地味だけど、本の傷みを少なくするための大切な作業だ。
新入生のお母さんたちもちらほら参加していて今日のボランティア人数は15~6人くらい。
ボランティアなので、お手伝いできる人ができる時間だけ手伝えばいいだけの話。
ボランティアとは大変なことだけではない。
ボランティアを通じてほかのお母さんたちとの学年を超えたお付き合いもできるし、情報交換もできる。
学校の先生とも話せるので、今学校でどんなことが起こってるのか、肌で感じることもできる。
なんといってもルナっつと学校の関係がほかの先生から見るとどのように映っているか、など
得られるものも多く、私自身もボランティアを楽しんでいる。
午後のアッセンブリーを見るためにそのままお手伝いを続けてもよかったのだが、いったんランチをするために昼ころ学校を一時離れる。
12:45ころ、再び学校に戻ると、校門前にクラスメイトのA君ママが座っていた。
「こんにちは。どうしたんですか?」と問いかけると
「誰か来るの待ってたんです」との回答。「子供かよっ!」と突っ込みそうになったけどグッと我慢。
そのままオフィスにあいさつしドアのカギを開けてもらってA君ママと一緒に校内に入った。
ようやく暑くなってきましたね、的なたわいのない会話をしながら会場のホールに向かっていると
ライブラリーの先生とすれ違った。
「やあ、ひょっとしてまた手伝ってくれるの?」というので
「これからアッセンブリーを見るから。でももし必要ならその後やるよ~」と答えると
「ははは、冗談だよ。また今度頼むね!楽しんできて!」と過ぎ去っていった。
その会話を隣で聞いてたA君ママ、「今日ボランティアも出たんですかぁ~?わたしぃ~出ようと思ったけど面倒くさくってぇぇ~」
「・・・・」
返す言葉ありませんでした。
ええ、出ようが出まいがボランティアですもの自由ですよ。
ボランティアが楽しいということも他のお母さんと情報交換できるということも、全部私の主観であって、ほかの人がまったく同じように考えてるなんて思ってもいないし、考えを押し付ける気もさらさらありません。
でもね、出ない理由を「面倒くさい」と参加している人に吐き捨てるのはいかがなものかと。
今日、その面倒な作業やってきたんですけど。
学校の近所に住んでいて子供の迎えのついでと言って毎週ちょこちょこ手伝いに来てるお母さんもいるのを知ってるのだろうか?
そんな面倒な作業で、あなたの息子が学校で好きな本を借りてこられるんですよ。
そんな人に限ってあれやこれやと聞いてくる。
だったら自分で知ろうとする努力をすべきではないですか?
先生や学校の愚痴を言えるほど、協力姿勢であるとはとても言えない。
2年前にもブログで書きましたが、ボランティアとは「人の為に自発的に何かをする」のではなく「参加することによって自分が楽しむこと」なのだとおもっています。
「今度参加してみたら?楽しいですよ」ともう一度勧めてみるも
「だって英語できないんだもん」
私だって片言ですけど何かっ?
帰国してそろそろ2年たつので脳の衰えとともに英語力も落ちてきてるのに。
なんとかルナっつの宿題をみたり、一緒にエッセイの勉強をさせてもらったり、知らない単語を一緒に調べたりと英語に触れる機会を作ってるのに。
それでもルナっつは上達する一方、私はどんどん下方気味。
そもそもボランティアの仕事で英語をフルに使う仕事なんてないし、支持がわからなかったら周りの人に聞けばいいのだし。
学校の先生も覚えたての片言の日本語の単語をまぜ一生懸命説明してくれる。
少なくとも一度でも海外在住経験があれば、「完璧ではなくとも伝えたい意志があれば相手も耳を傾けてくれる」ということ、気づかなかったのだろうか?
A君ママ、アメリカに数年旦那さんの転勤で住んでたと聞いたことはある。
かわいそうに、住んでいただけで何も感じなかったのだろうか?
きっとアメリカでも英語ができないから、という理由で現地の友達を(もしくはママ友とか?)作ることはできなかったんじゃないかと思う。
ホント、時間をつぎ込んで、みんながほしがる環境にいたのに、逃げていたんだと思う。
子供に努力を押し付けて自分は何もしない。私もトロントで何人も見かけました。こんな人たち。
クラスメイトのお母さんである以上、この先も何度も顔を合わせることがあるだろう。
私、顔に出さずにA君ママと付き合えるのか微妙ではありますが、幸い子供同士がそんなに親密な付き合いではないので、あいさつ程度で適当に流そうと思ってます。
その後のルナっつのアッセンブリーでは頑張る子供の姿を見て癒されましたが、今日の私はまだ気持ちが紋々としたままです。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
私もはやく気を取り直さねば・・・