以前絵本作家をしていたのですが、

ちぎり絵アート

再開しました。





これ、ちぎり絵なのですが、


カードの紙の材料がお花や植物のみでできているんです。


化学物質や、石油など使わずに紙を作る方法でつくってるんです。



紙を作る素材が化学薬品から植物に


で、この紙は、ヒマワリ🌻やガーベラやいろんな花で、できていて、紙を作るのに、通常利用する化学薬品や石油をしようせずにちまたの紙を作ってるのです。

工場からでる大気汚染🏭がないのです。


そして、このちぎり絵なんですが、



このお花はジキタリス、英語名foxgloveフォックスグローブ(きつねの手袋)です。和紙をつかっております。


カナダのボーエンアイランドという島に行った時、島一面、野生のフォックスグローブのでいっぱいの楽園をみつけ、

我が家の縁側でも、一本育てたことがありました。


それを描きました。


イギリスではこのお花に妖精🧚‍♀️がすんでいて、お願い事を聞いてくれるのです。


妖精さんが、

夜に眠ろうとしたら、きつねの足音があんまりうるさくて、狐さんに、狐の足にこのお花を手袋のようにかぶせてくださいまし、とお願いしたそうです。そういう意味もあり、フォックスグローブ(狐の手袋)という名前もあります。


妖精🧚‍♀️さん、かなり音過敏だったのか、わたくしも、妖精さんのお気持ちがとてもわかります。

以降、ぐっすり眠れて、めでたしめでたし。


昔は、心臓の薬につかっていたそうです。


お花自体に薬効があったことより、病気を治す力があるので、

・健康

・願いが叶う

・厄除け

・魔除けの花


さらに、


「熱愛」

「誠心誠意」

をあらわします。


花言葉では、不誠実という意味もあり


なんでふたつの相反する意味があるのです

が、あんまり気にしないきにしない。


これは、ギリシャ神話で、女神様が、サイコロで🎲占いをして遊びすぎて、それをみた女神様のだんなが、不誠実だと、地上に女神様を落としたそうです。落とされた女神様は、フォックスグローブ(ジキタリス)というお花になったそうです。


そんな諸説もありますが、ギリシャ神話てけっこう地上に落としてみたり、からだの半分山羊だとか、🐐、けっこうけっこう、コケコッコーなところがあるので、そこのあたりはスルーして、良いところだけの意味合いを受け取るようにして🫴います。


さて、

このお花のカードを健康や熱愛、厄除け、願いが叶う、ととらえていただくことで

お守りの効力もつくとおもいます。



ターシャテューダさんのお庭はフォックスグローブ(ジキタリス)がたくさんさいています。


このお花は背が高くてスズナリになってる姿がとても美しくて。ターシャテューダさんのお庭のガーデンにも。




「私のカントリーNO.116」

の表紙がターシャテューダさんとお孫さんの背景にお庭のフォックスグローブ(ジキタリス)です。



これまた、恋愛のおはなしですが、

昔、昔、のお話ですが、

携帯も電話も手紙もないころ、

誰かと会う🌈待ち合わせの時間を

カゴに入れたフォックスグローブの本数で

何時に会いましょう、と決めていたそうです。


お花を積むためのバスケットにフォックスグローブの花が

2本はいってたら、

あなたと

2時に会いましょう🌈♬いう意味なんですって!🦄おねがいラブラブ


なんだかドキドキします💓。




フォックスグローブ 狐の手袋🦊🧤

はジキタリスと日本では通常よばれています。



わたしが、なぜちぎり絵をまた始めたかというと、トラウマやPTSD.昔のことで傷ついたことで思い出してつらくなるようなら、だれにも汚されていないことをしようとおもったからです。


わたしは、自分の心を癒すワークショップをしていまして、恋愛パートナーシップカウンセラーとしても活動しています。


それでも、

ある年代になると、ほんとに、いろんなことをこなさないといけなくなるときがあって、介護、葬儀、育児、家族、仕事、健康面そのなかで、

誰にも理解されないけれど、

やっぱりおきるものごとが、辛くて。


なぜだか思い出される幼少期の辛かった思い出、そして、だれにでも、ある世代になるといろんなことがあって、それがまた理不尽すぎたりして、辛すぎることが標準的にある場合があります。


それを毎日毎日どうこなしていくのか、そして、どうとらえるのかというときに




そうだ、誰にも汚されていないことをしよう


誰にも汚されていないことをすることで、今でも突然襲ってくる空虚な気持ちや、

乗り越えることもできず思い出してしまう悲しみ、そういったことと離れて。

なんか楽しいことをしようとおもったのです。

そして、ひとつひとつ、楽しい思い出や、本当に大切なことに気がつくことをしています。


わたしは、自然の中で、ゆったり穏やかに、植物や動物を育てたり愛でたりしながら、いきていくことで

平穏と充実をかんじています。


これは、周りの環境や自分のなかで突然襲ってくるトラウマ、外部から脅かされるなにか、それらが、荒海で荒れていても関係ないことなのです。


この前だれかがわたしを

海賊だからといっていましたね。


どきっとしましたが、


以前はウミウシのようだな、

荒海のなかでこそ、泳げる

荒海から干されると、クラゲが干されたようにべったりしてしまう、、

と。


ま、こうやってブログをかくのもいつも移動中の電車の中ですし、


私という人間は、早く動く安定した酔わない、人の空いた、おだやかでしずかな乗り物にのっているときがいちばん最高にエネルギー高めなようです。