我が家のポストに、大きく「田中くん」と書かれたチラシが入っていた。
「田中くん」はいわゆる田中某さんではなく、「田中くん」という社名だった。
なかなかユニークで目立つ社名だ。どうやら、複数県に支店を持つ建築系の会社らしい。
ちなみに、本当の社名は「田中くん」ではない。田中ではなくて、加藤とか山田とか、つまり名字にくんをつけた社名になっているということだ。
本当の社名をここに書かないのは、チラシに記された支店の地図を見て、よろしくないことを思い出したからだ。
今回、新設された支店は、半世紀以上も前のことだったと思うが、殺人事件があったところなのだ。
それも、いわゆる猟奇殺人。
女の人が惨殺され、部屋中、マヨネーズだかケチャップだかがばらまかれていた。
そして、たしか犯人は捕まっていないはずだ。
だから、かなり長い間、その建物は立ち入り禁止の黄色いテープで囲われていた。
しばらくしてテープははずされたが、ずっと空き家状態。
数年前、食品の無人販売店ができたが、それもまた閉店し、空き家に逆戻りしていた。
そして今回、田中くんが支店事務所を構えた。
もともと賃貸で大家さんがいる建物なのか、空き家状態でもきちんとリフォームされ、掃除がいきとどき、いつもきれいになっていた。
それに、そもそも今となってはそんな事件があったことを知らない人のほうが多いのではないかと思う。
よしんば知っていたとしても、そんなことは全然こだわらない、家賃がお値打ちなら、それで十分と思うほうがむしろ健全なのかもしれない。
でも私は、異様な事件の記憶が消えない。
被害者と犯人の間に何があったのか、犯人はなぜ現場に異様な細工をしたのか、そして犯人は今どうしているのか。
チラシを見ながら、なんともやりきれない気分になった。
永遠に 分からぬことも ヤマとある
鞠子