この前、了德寺健二さんの『もう夢ではない―不老不死の実現』にまつわる自分の思いを記したが、今日は五木寛之さんの『大河の一滴 最終章』について。

この本の中で、五木さんは自身が中咽頭がんを患っていることを公表されているそうだ。

そして、連載などの執筆を続けながら病気と向き合う心境について「『何かのために』生きるのではない。『誰かのために』生きるのだ、という目標こそが、本当の生きる力になるのではないかと思う」と記しておられるとか(←はい、読んではいません)。

 

誰かのために生きるという目標こそが本当の生きる力、か。

申し訳ないけど、この価値観は、私には全くない。ゼロ。これっぽちもない。おそらく死ぬまでない。

 

たまたま私自身、家庭を持っていないということもあるとは思う。子供がいたら、「子供のために」と思うかもしれない。

でも、思わないかもしれない。思わない可能性のほうが強い気がする。そして、子供たちにも「間違っても母のために生きるとは考えるな」と言うような気がする。

 

私の価値観は、私もあなたも、私の子供も(←いないけど)、誰もが「自分のために生きる」ということ。その結果、誰かのためになったり何かのためになる、かもしれないが、逆に迷惑かけまくりかも。

それでも「自分のためだけに生きる」事ができたら、それはもう完璧パラダイスだ。

 

生きることについて、誰がどんな目標を持とうが勝手だが、私はそう思う。

究極の自己中。私は自分のためにのみ、生きている。

 

 

 

 

 

 

人のため 生きるほうのが 強いのか

鞠子

 

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