馬の置物を買え、なるチラシが新聞に折り込まれてきた。

チラシには、60年に一度の丙午の年に当たる来年は、金運がすごい午年だ、と書いてある。

 

ふと考えた。

ということは、2026年からさかのぼった60年前も金運がすごい午年だったということか?

60年前、私はもうこの世にいたぞ。

そして、聞くところによると、その頃の鞠子家は貧乏のどん底だった。

 

金運がすごい午年だったのに、わが家は真逆だった。

つまり、来年は金運がすごい、は経験からして全く信じられない。

 

ま、経験なくしても、信じやしないか。

 

それに、来年を逃したらまた60年後と言われても、そのとき私は間違いなく生きていない。

当たろうが当たらまいが、次の金運がすごい年は、私にとってはもはや何の意味もない。それを考えると、金運よりも己の人生の短さを感じざるを得なく、何とも寂しい気持ちになる。

 

でもなあ、もし来年、鞠子家・すごい金運だったらどうしよう、なあんて揺れる超俗人。

ちなみにこの置物、金色だけど樹脂製で、2,888円だそうだ。

なんかめっちゃ微妙な代金やな。

 

……あ、そうか。この馬の置物、買わないんだから、すごい金運なんかありえんか。

 

 

 

 

 

 

たかが金 されど金々 金は要る

鞠子

 

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