Atelier Cherish からこんにちは

暖かいです

本日の最高気温20度

ぽかぽか陽気です

 

2004年12月5日も

今日と同じように

ぽかぽか陽気でした

 

曜日は日曜日

 

木曜日に電話をしたところ

母が体調を崩していることがわかりました

父と私がしている電話の横で

「来なくていい」という母の声が

 

金曜日に実家に母の様子を見に行こうと思ったのですが

片頭痛がして。。。

行くのを見送りました

 

土曜日

大雨でこの日も見送りました

 

しかし、、、

この日。。。

色々な異変が起きたんです・・・

 

鳴っていないチャイムの音が

DVDから聞こえたり。。。

 

夜中には

母が夢枕に立ち

「私死ぬから」と。。。

 

そんなことを考えてはいけないと

心落ち着かせ

ウトウトしながら朝を迎え

最寄り駅まで夫に送ってもらい

実家に向かいました

 

妹とは実家で会うことにし

途中の乗換駅では

母の好きそうなパンや

スイーツやお寿司を買い込み

母に会うのを楽しみにしながら電車に乗り込みました

 

ただ事ではないことが

実家の最寄り駅に着く間際

妹からのメールでわかりました

 

駅から実家までの不安でいっぱいの5分

 

実家の扉を開け

リビングに横たわる母を見て

絶望でした

 

どうしてこんなになるまで。。。

 

「黄疸が出ている

救急車!!!」と叫びました

 

毎日生活していた父は

「えええ??黄疸???」驚きの言葉を発しました

 

母は、弱弱しい声で

「月曜日に(病院)予約してあるから救急車呼ばないで」と

 

でも

私は、ダメだと言い

救急車を呼びました

 

持病があるので市内の病院ではなく

かかりつけの病院へ運んでもらうように依頼し、

かかりつけの病院へは救急で行くことを伝え

救急車の到着を待ち

救急車に私が乗り、妹と父はそれぞれの車で

病院へ

 

数時間の命だと救急救命医から告げられました

 

仲良しな母との別れが

数時間後に迫っていることを

受け止めたくなくても

受け止めざるを得ません

死は必ず訪れることだから・・・

 

母を病院へ運んでから

20時間後母はこの世を去りました

細菌感染による多臓器不全

 

20時間

母の横で神様にただただ祈ったことは

「悔いが残りませんよう」にでした

残された3人に

神様は、悔いを残すことはありませんでした

これは本当に感謝なことでした

 

あの日の

異常なまでの暖かさと

病室に差し込んでいた日差しの様子は

14年たった今日も忘れることは出来ません

 

なんと

その日の最高気温は

21.3度でした

 

そして、

この14年間

留守録に入っていた

母の声を消すことができませんでした

しかし、、、

11月

操作を失敗して

母の声は消え去りました

 

いつまでも思い出にすがっている場合ではないと

神様に言われた気がします

 

13回忌までは

何が何でも元気でいて

自分がやると父は母が亡くなった時に

みんなの前で言いました

 

なんだか

これも不思議なことですが

13回忌が過ぎた途端

父は認知症になってしまいました

 

実は

13回忌としての法要はしませんでした

私はクリスチャンなので

正直なところ仏教の法要に対しては

大きな意味を持ち合わせていません

 

父が寺に何度も電話をしたそうですが

電話が通じず

13回忌の法要はしないまま

それぞれが心の中で母を思うことで終わりました

それで十分だと思います

母もそれを喜んでいるはずです

 

本日のおやつ

カルディ カヌレ

まったく期待せずに

買ったんですが

これはおいしいです

おすすめです

写真拝借します(o*。_。)oペコッ