私は割と能動的だから、
愛されるより愛したいタイプで。

最も恐るものの1つに、
大切な人を無意識に傷つけてしまってやいないか?
というのが、かなりあって。

自分自身に欠乏感は無いんだけど、
その代わり、
溢れ出た情熱が他人様に及ぼす影響
(この場合は悪影響/あくまで当社調べ)
の方が、心をすり減らす原因だったりするんだ。



(大切な余り、握り潰してしまいそうな、そんな感覚)




そんな私への、処方箋。


私は多分、許されたいんだと思うの。


割と、なんでもできるし、
怒り狂うことも、欠乏感を振りかざすのも、ちょっと違って、


私が、抱えるのは、
過剰が故の、罪悪感、かなぁって。
今日、気付きました。



ぶっちゃけ、行動を起こすことには、何の抵抗も無いし、人並み以上にはできると思ってて、

そんな私が、何にこんなに、怯えてるのかと言えば、それはやっぱり、





他人を、大事な人を、傷付けてしまったんじゃないか?って、罪。

そしてその罪が、死ぬまで(死んでも)、許されないんじゃないか?って、罰。





この2つに、物凄く縛られていた。





そう、私は、許されたかったんだ。

未熟故に、配慮不足故に、全力過ぎたが故に、愛故に、傷付けてしまったことを、悪影響を与えてしまったことを、


私は許されたかったんだなぁ。





でも、
本当は、

もうとっくに許されていることを、
私の魂は、まだ、知らない。



許されない罪なんて、本当は無いって、
頭では分かっているのに、

魂が、それを、まだ信じられずにいるんだ。



だから疑心暗鬼な態度を取ってしまって、
一言謝れば許されるものを、


何年も、何十年も、
「許されない前提」で、頑なに、放置している。




でも、もう、それも、終わりにしたい。

許されて、愛されてる現実に、
早く魂も並列化させたい。


だから、今度のイベントでは、
時間があれば、私の魂の並列化も、
ワークとして取り入れようと思います。


直接参加されると、
その場で、間近で、魂の並列化を見る事ができますよ!(詳細は↓へ)

私の欲しい言葉は、許しの言葉だったんだ。。。