お母さん教から解脱した話。
もう少し、続きます。



(奇しくも、母の日直後の5/15の出来事でして)



お母さん教信者の時は、
その理不尽で不合理な戒律を、
「守ることが愛」だと思っていたので、
破ることはできませんでした。

愛されたいと願うより、
愛したいと望む気持ちの方が、強かった。


ただ、
戒律を死守する「以外にも」愛する方法があると、
何なら、
戒律を破ってあげることもまた、愛だと、気付けました。



そしたら、
偶然か必然か、
「親に迷惑をかけてしまうのではないか?」
という不安や
「親に迷惑をかけてしまったらどうしよう」
という恐怖も、



すっかり、消えました。




迷惑や恐怖の所有者が、
しっかりと「自分」になったので、




わたしがどんなに無茶しても、
親は全く困らない!という
至極当たり前にして、最大の勘違いに、ようやく気付きました。







お母さんを、
ちゃんと突き放してあげることで、


わたしも、
お母さんも、
やっと自分を生きられる。


寄り添うためには、
まず、
ちゃんとお互いが別々の存在であると、
認識しなくちゃ、意味がない。



今まで、
お母さん教でガチガチに整型していたわたしのアウトラインは、


一旦、

ゆるんで、

どこまでも膨張して、



今度は、


何の制限もない、


どこまでも、どこまでも、


広く


大きく


まるで、


シシ神様の姿に収まっていた、デイダラボッチのように。