15歳、クマちゃんパンツと夢を詰めて
「イギリス留学・旅立ちの章」〜ロンドンはまだ遠い〜
インスタのサブ垢で留学の話をしてたんだけど、
めっちゃ編集に時間がかかって全然更新できず・・・
とりあえず、こちらブログでも記事にして行けたらなって思ってます。
15歳の春。
眼鏡にクマちゃんのバックプリントパンツが下着の主力だった頃のうぶな私が、
空港のゲートで手を離したのは、母の手ではなく、
“今までの自分”だった気がする。
(昨日インスタの毎朝ライブ配信で触れたけど、留学をしたきっかけとなった話はまたどこかで・・・)
あの日の私は、
中学生のクセに“やたら分厚い”パスポートケースを首からぶら下げて、
成田空港の片隅で、ちょっと背伸びした風を装っていた。
けど実際は…
スーツケースの中に「ぬいぐるみ」と「クマちゃんパンツ(言い方)」を詰めてた女です![]()
しかも母が別れ際にくれた小さな御守りが、
なぜか「交通安全」だったの、いまだに謎です(飛行機安全第一)
周囲の友達が高校の話をしている中、
私は「イギリスの田舎町にひとりで留学します」と言い出してしまった15歳。
※突然の人生ハードモード突入。
しかも英語力は、
「How are you?」の返しが「I’m fine thank you. And you?」オンリーの時代。
今考えると完全にガッツとノリで飛んだね、あの飛行機。
なぜだろう。私は不安よりも、ワクワクしていた。
カタコトの英語と、好奇心と、
ちょっと大きめのスーツケースだけを味方につけて。
旅立ちの日、私は誰よりも“夢を信じていた”。
山に囲まれたその田舎町は、
まるで“自分自身と向き合うための修行の地”みたいだった。
↑ほんとうちの学校、こんな感じの丘の上にぽつんと佇むような
「ぽつんと学校」なのよ。
15歳の私は、決して「強い子」ではなかったけれど、
「本当の自分に出会いたい」と、
どこかで願っていたのかもしれない。
それと思春期だったあの頃の私は
自分を一人の人として受け入れてくれるところに行きたかったんだと思う。
中学で個性潰されかけたからw
そしてその願いは、
英語よりも、文化よりも、
「自分で考える力」という、何よりも大切なギフトとして
私は得ることが出来た。
ママ-、お腹すいたー
ママ-、コーラ
ママ-、カップラーメン買ってきてー
と、Hey,Siri!くらいの勢いで母に甘え倒していた中学までの私。
そんな激アマな自分からも卒業したかったのもある。
可愛い子には旅をさせよとは言うけれど、
とはいえ自分が母になり、息子が「私が日本を飛び出した歳と同じ15歳」になってみて思うのは、母親としても子供を外に出すのは、ものすごく勇気のいることだったんだなぁと今痛感してます。
私はまだまだ子供を海外一人で何年も生活させるだけの度胸も勇気もない。。。
学校の寮に入ると
何もかもがわからなくて、
誰にも頼れなくて、
自分でやるしかなかった。
女子校でぬくぬく育った私が、
いきなり共学で、
洗濯機の回し方もわからないまま放り込まれて、
それでも──
「私は生きてる」って思えた瞬間が、日々の中にあった。
世界には、信じられないような日常が転がっていて、
「常識って、案外どうでもいいんだな」って、心から思うのよ。それも大きな学びのひとつ。
今の私が、誰かの“勇気の引き出し”になれたらいいなと思う。
もし、人生に迷ったときは思い出してほしい。
15歳の私が、夢とクマちゃんパンツだけを持って飛び立った物語を。
旅立ちって、何も海外じゃなくてもいい。
「何かに挑戦する日」「昨日と違う選択をする日」
それ全部が、あなたの“旅立ちの章”になるんだと思うの。
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