一部地域を除き、全国的に夏休みに入ったようである。
圧倒的な存在感の「太陽」と言うヤツは、まったく空気を読まず、午前中からやる気満々であった。満々というか、サンサンというか、ギンギラである。
そしてセミ氏らもやかましい。鳴き過ぎである。とくにアブラゼミ。全力で祖父を呼んでいるのか。「ジジー! ジジー!」と。
「ああ、もう、本当に暑いわね」
瀬々良木るりかが、不機嫌そうに言葉を吐き捨てた。さらに不毛なセリフは続く。
「ねえ、みつば。氷の像とか、プールとかないの、このお屋敷には。あとよくショッピングモールとかで、扇風機のおばけみたいので冷たい風がバーっとでるやつあんじゃん。そういうのないわけ?」
投げかけられた分部みつばは、よくも好き放題言えたものだ、という顔をして、
「夏休みはいつも南極に行って、極寒の中、かまくらであっついチゲ鍋を家族でつつきあいますの。ですから、こんなむさ苦しい庶民の夏は初めてでしてよ!」
と、もっとイラつく言葉で返してやった。
そう、ここは富豪である分部(ぶんぶ)みつばの屋敷。彩鳥町(いろどりちょう)の高級住宅街。
とはいえ、るりかが妄想するような、氷の像やプールまでの冷房設備はさすがになかった。
見ればるりか、みつばの他に、ちえり、あかねもいる。パステルがァル!オールスターが揃っていた。揃いも揃って夏の暑さに茹(うだ)っていた。
「く、金持ちは夏の過ごし方のスケールが違いすぎる! それじゃあ、みつばは、オーストラリアで真夏のクリスマスも経験済みだとでもゆーのか!?」
あかねが、みつばの冗談を真に受けて、経済的格差に愕然としたが、面倒くさいので誰も突っ込まなかった。
「さーて、本題にはいろうかしら…」
皆様にお集まり頂いたのは他でもありません、と言いながら、るりかは頭に青いハチマキを巻き始める。そして…
「ここに! パステルガァル!夏の強化合宿を宣言する!」
満を持して、瀬々良木るりかは、声も高らかに拳を振り上げた。
「お! おぉ~、強化って言葉が、なんか燃えるな!」
朱色の炎を目に映らせながら、穂ノ尾あかねも拳を振り上げる。
彼女は、ミーティングと称して、パステルガァル!ズたちをみつば邸に召集した。
「合宿って…どこで、ですの?」
みつばは自分が描く不安が、的中しないように祈った。小学生、中学校で合宿なんていっても、子どもだけで宿泊できる施設なんてあるはずがない。お金もかかるだろうし。と、すると。考えられる場所と言えば…。
「え? じゃあ何か? みつば別荘でも持ってるってか?」
るりかがニヤリと笑った。何だこの有無を言わさないプレッシャーは。
「もともとこの屋敷が別荘みたいな扱いだったのですわ。わたくしが引っ越して来ましたからね、他に別荘は無くてよ」
なぬー!? っとちえりがみつばに駆け寄った。
「別荘!? ぶんぶんすごーい! じゃ、じゃあ、ってことは…実家みたいなおうちが他にあるの? そこは何畳? 何えるでーけー!?」
ちえりの垂涎が止まらない。ちえりは、家が好き、というよりも間取りが好き。自分の家がアパートで狭いこともあるだろうが、スケッチブックにはいつも理想の間取りを描いていた。こういう子にはCADでも憶えさせると良いのではないだろうか。
ちえり様、落ち着いて下さい、とちえりを宥めながら、みつばはるりかを睨んだ。
「…るりかさん、合宿場所はこの屋敷で…そう仰りたいのでしょう?」
「あ~ら、あたし何も言ってないわよ。うっそ! いいの? みつば邸使っても!?」
「…し、白々しいですわ…」
白々しいと言うより、腹が黒々しかった。ダークネスキングの下僕かと疑ってしまいますわ、だ。
「まあ、考えてもみなよ。中2のあたしと、中1のあかねがいるのよ。みつば、ちえり。合宿期間中はふたりの夏休みの宿題くらい面倒みてやろうじゃないの」
ねえ! と、るりかはあかねの肩をたたいた。
「る、るりねー。あたし、勉強はちょっと…」
勉強や宿題の話となると、あかねは弱腰だった。ポリポリと後頭部を掻いている。
「もう! ちゃんと授業聞いてないから! って、あんた、そういえば、クラスメイトと仲良してるの!?」
もともとあかねは、「力こそ正義!」的な荒くれファイターで、ぼっちな子だった。入学式なんか男子と衝突し、あやうく相手を病院送りにするところだった。ただ、その男子も絵に書いたような乱暴もので、入学式から周りを嫌な雰囲気にしていたのだ。
ある意味、あかねが暴れたおかげで、他に怪我人や犠牲者が出なかったという見方も出来た。
まっすぐゆえ、卑怯なこと卑劣なことが許せない。そして融通も聞かず、誤解され、敵をつくり孤立していた穂ノ尾あかね。
自分は悪くないから、胸を張って堂々としよう。文句があるなら、正面切って言って来い! という態度でいれば、クラスメイトは誰もそばに寄り付かなくなる。
あかねは、先日のダークネスレッド戦における「賭け」で、るりか負けた。…と言うより、るりかのハッタリに巻き込まれ、結局3つの約束をした。
ひとつは「るりかお姉様」と呼ぶこと。
もう一つはクラスに馴染むこと。
そして最後は兄と仲良くすることだ。
そんな背景があっての発言だった。
「じょ、徐々に馴染むから。いきなりフレンドリーにしたら逆に引かれるってば」
確かにあかねの言う通りだった。しかし、真面目ゆえ、約束したことを断じて守るこの姿勢は長所でもあった。
「まあ、それは後でいーわ。本題よ本題。ちえり、例のチラシある?」
「うん! あれ? ありません!」
ちえりは笑顔で答えた。
「って、コラ! あれほどチラシ持って来てって行ったでしょ! それじゃ話がすすまない…ってそれよ! ちえり、その『3えるでーけー』って、ウラに落書きしてるその紙! 貸しなさい! コレよ!」
るりかはちえりの手から、「3えるでーけー」と書いてあるチラシをぶんどった。
チラシのオモテには「3日間の体験ダンスレッスン! スタジオパッパラダイス」と書かれていた。