女子トイレの入口から、一見すると小学生のような少女がひょっこりと顔を出し、あたしに手を振ってきた。
服装は冴えないグレーのフード付きパーカーにジャージズボンに、顔の下半分を覆い隠すような白いマスクと、太いフレームの黒メガネをかけている。
「るりかちゃん!」
あまりのオーラのなさに、名前を呼ばれなければ、人違いかと思った。
ちょっと、拍子抜けした。よく、スイッチのオン・オフモードなんていうけど、すみれもオーラを自在にオン・オフ出来るのだろうか?
「すみれ~」
そう、彼女は音雨すみれ。中学校一年生、13歳。職業、アイドル…いや、女優。
久しぶりの再会に微妙にあたしは照れたけど、すみれはタックルするようにハグして来た。
「もー、えらいびっくりした!」
マスク越しだったけど、すみれは笑顔だった。
「いやーまあ、たまたまなんだよ。偶然、イベント見つけちゃって」
「ほんと!? だったら、すごい運命的~!」
照れ隠しなのか、なんなのか。
あたしはすごくカッコ悪いウソをついた。
なのに、すみれはあたしの言ったことを信じきって驚く…なんだ、この罪悪感は。
いや違う、強がってウソをついた自分が情けないっていう気持ちかな?
と、そこへ、大きな影が近づいてきた。
「むむむ…。ま、ま、まさか、『初代・邑咲蓮音』オフモードでござるか?」
げげー!
そう目をギラギラさせて話しかけて来た中年のおっさんは、さっきイベントで『初代・邑咲蓮音』推しと豪語してた人じゃんか。
「お、おぬし、抜け駆けでござるか? それはファンとして…む、いや、もしや知り合い…」
おっさんっはあたしを指さしてそんな事言ってきた。彼の中でいろんな憶測が交錯しているんだろう。まあ、目の前にアイドルがいたら面食らうのが普通よね。
「走るよ!」
「え?」
おっさんが紳士的な妄想を膨らませているスキに、あたしはすみれの手を取って走り出した。
ごめんね、おっさん。
「る、るりかちゃん!?」
「逃げるわよ!」
あたしたちはとにかく、走った。
チラッと振り向いたが、おっさんはただただ呆然としていて、走って追いかけて来る気配はなさそうだ。
だけど、あの場は離れて正解だと思う。彼の仲間もいるかもしれないし、騒ぎになったら面倒くさい。
「ハアハア…あのさ、…うそだから」
走りながら、あたしはすみれに言う。
「ハアハア…なにが、るりかちゃん?」
あたしも、すみれも息を切らせながらそんな会話を展開する。
「たまたま来たって言ったこと。 本当はね、知ってたの! 会いたかったの、すみれに!」
あたしがそう言うと、走りながら、すみれはつなぐ手をギュッと強く握って来た。
「でーれぇー嬉しい」
とっさの名古屋弁? 喜んでくれたのかな? な、なにこの感覚? 彼女か(笑)?
気がつくと、あたしとすみれは、ずいぶん裏手に来てしまった。
人気の無いところ無いところ、と、走っているうちに誰もいない建物の裏の空き地のような場所に来てしまったのだ。
これから新しく駐車場になる場所だろうか? まあ、これで人目をはばからずに話が出来るってもんよ。
「元気そうだね、すみれ」
「あはは。るりかちゃんも」
「どうよ、アイドル生活は大変?」
すみれが、あたしから、少し視線を外した。
「うん。いろいろある…かな…」
「一応、有名なプロダクションだもんね? 安泰だね」
「でも、【ドォルズ】に関しては、しっかり下積みするんだって、マネージャーさんが言ってる」
【ドォルズ】とは彼女か所属するアイドルグループ【クレヨンドォル12】の愛称のことだ。さっきのファンのおっさんたちも確かにそう呼んでいた。
「なるほど、メジャーデビューは苦労を知ってからってわけね、展開的に。でも楽しんでるみたいじゃん」
今度はカマをかけて言った。すると、案の定少し顔を曇らせてスミレが答えた。
「う、うん。あの、だけど、もうメンバーの一人は二代目なの」
二代目ってことは、演じるキャラクターの中の人が二人目ってこと?
つまり、初代は…
「やめちゃったんだ…?」
「うん。結構きつかったみたいで。大勢いる有名かグループと違って、うちらまだ、駆け出しだし、将来不安になったのかも」
「あらら。まあ、でも掴んだチャンスだもんね」
「う、うん」
すみれの覇気のない顔。さっきのステージで見た彼女の輝きは、偽物だったのか?
だったら、逆にすごいね。あたしは楽しんでいると思ったから、完全に騙されたよ。
うむ…。もしや、結構ガチで元気ないのかな?
と、そこへ、全身濃いピンク色した人が空から降りてきたて、あたしたちの10メートル先くらいに優雅に着地した。おいおい! ちょっとツッコミどころ満載だよ!
「あの人、空飛んでたよ!」
すみれがびっくりしてあたしに言ってきた。うん、あたしだって見たよ。
まさか、こんな千葉のこんなところで、いわゆる、こいつは、【ダークネスガーディアン】的な。
「ねーえキミたち。もしかしてキミたちパステルオーブとか持ってないかい?」
なんとなく、いやーな喋り方の彼は、あたしらに問うて来た。うん、この人、完全に【ダークネスガーディアン】だわ。