「みなのもの! 気合いは充分でござるか!?」



「ぬかりなし! インディーズデビュー後の初のイベント、【ドォルズ】たちに絶対に恥はかかせませんぞ!」



 アウトレットパーク、屋外の仮設で立てられたステージ前方の席で、その空間だけ異質な空気が漂っていた。気合の入った30~40代のいわゆるおっさん世代の方たちがいっぱいいて何やら振り付けの確認をしている。



 最後列をみればちょっとプロっぽいビデオカメラや機材が並んでいる。



「ちょ…すごい…本格的じゃん」



 いわゆる「これから何が始まるの?」的な興味の人だかりの一般人も徐々に集まって来ている。



 あたしも今のうちにと、ステージ最前列の席をゲットした。席と言っても仮設のパイプ椅子だけど。



 仮設ステージの横看板にはデカデカとカラフルに「クレヨンドォル12」という文字が丸ゴシック体で書かれ、その下には白舟行書で「インディーズデビュー記念・関東行脚ミニライブ」と仰々しく書いてあった。



「ん? おぬしも【ドォルズ】のファンでござるか?」



 なんてボサッと看板を見ていると、おっさんに話しかけられる。



「え? まあ…」



「おお、おぬし只者ではないでござるな! 【ドォルズ】は必ず“来る”でござるよ! 次世代のアイドル界を担うグループのひとつでござる! おぬしは推しメンは誰でござるか? ちなみに拙者は『初代・邑咲(むらさき)蓮音(れのん)』推しでござる。もともと中の人は元売れっこ子役の…」



「きさまあ! 『中の人』という表現はわれわれ【ドォルズ】ヲタの中ではご法度である。それでも軍人か!」



「そうでござった。失礼つかまつった」



 ちゃんとした日本語でしゃべって欲しかった。



「それでおぬしは誰『推し』でござるか? 箱推しでござるか?」



「あたしも。あたしも蓮音ちゃんです」



 このおっさんたち、ちょっと怪しかったけど、れっきとしたファンみたいだ。純粋に応援しているのがわかった。暑苦しいくらいに。



 あたし、瀬々良木るりか14歳。



 今あたしは、この場所で、この席で。



 緊張感という表現が一番ふさわしい、ドキドキする胸の鼓動。汗を握る手。



 それは、楽しみでもあり、心配でもあり、同時に悔しさもあり、トラウマもあり。焦りでもあり。



 千葉に来てから、いろんなことが上の空だったのも。すべてこのせい。



 横ではけたたましく、コアなファンのおっさんたちが士気を高めるために鼓舞している。



 あたりは曇っていて、日差しは強くないのに、自然と汗が滲む。



「アウトレットパークにお集まりの皆さ―ん」



 司会の女性のアナウンスが始まった。冒頭、いろいろ話している。横でファンのおっさんたちがいちいちリアクションしていて、場を温めている。あたしも高まっていく。



 テンションが頂点になった時に。



「それではおまちかね! 【クレヨンドォル12】の皆さんでーす!」



ドーン!という音はしなかったが、そんな勢いで、アイドルの女の子12人が軽快な音楽と共にステージに現れた。



 女の子たちなクレヨンの名のとおり、12色で彩った鮮やかな衣装をまとっていた。



 BGMは彼女たちのインディーズ・デビュー曲で、そのまま歌が始まった。



 私がこの歌を聞いたのは初めてじゃない。なぜならネットでチェックしていたし、歌も一番だけならラジオで流れたやつを録音したから知っていた。



 一番右端の女の子、紫の衣装をまとった、細身で色白の彼女は、あたしの目の前に立った。



 この子が、邑咲蓮音。初代と頭についたのは、この邑咲蓮音はキャラクターだから。アイドルである邑咲蓮音は性格も、趣味も行動も言動も全て予め設定されている。



 その設定通りにこなすのが、いわゆる「中の人」と呼ばれている彼女自身。とはいっても着ぐるみを着ている訳ではない。端的に言えば役を演じていると言うことだ。その「中の人」がアイドル邑咲蓮音を演じているのだ。



 これは普通のアイドルとちがう点。もちろん、アイドルも演じているのだが、その線引きは曖昧だ。明確に、公式設定として、「演じてます!」 と堂々と打ち出しているところは、この「クレヨンドォル12」くらいだ。



 そして、そのキャラクターのひとりを演じている「中の人」は音雨すみれ。



 あたしの友達、そしてライバル。妹のような存在で、守りたくて、尊敬して止まない子。



 たぶん、彼女はあたしに気づいたと思う。 



 でも、さすがプロ。彼女はあたしと目があっても、同様ひとつせず、自然に目を逸らした。



 それか、完全に忘れられているか。後者じゃないことはあたしは祈ったけど、よくよく考えたら、オーディションの日以来会うのは初めてだった。不安というか、だんだんここにいるのが場違いな気持ちになって行く。



 「れぇのぉんんnn~!」



 さっき彼女推しといった、おっさんが必死に蓮音コールをしていた。



 スポットライトはないけど、彼女たちはまだ有名じゃないけれど、まるで、もう、別世界の人間に思えた。



 そして、演じているにしたって、心から楽しんでいるように見える。だって輝いているんだもの。



 あたしはイベントが終わるまで半ば呆けたように彼女たちのパフォーマンスを見つめていた。



 すごい、と思ったのは、単にひとりの人間として。



 かわいい! と萌えたのは、ひとりの女の子として。



 やるわね! と思ったのは、ひとりの女優志望の夢を追う者として。



 頑張れ! と思ったのは、ひとりの友達として。



 最後まで、失敗しませんように、と祈ったのは、一個上のお姉さんとして。



 そして悔しい! と思ったのはひとりのライバルとして。



 感動。



 つまり、感情が動く。いろんなベクトルをもった感情が、いっきに膨れて弾けて体から飛び抜けて行く。



 これを感動というんだ。



 だから、あたしの目から自然と涙がこぼれたのは、当然の結果だったのかもしれない。