特別版『ふたりはプリキュアMilkyWay&ちえりパステルガァル!スペシャル・ハーモニック』

第5章「喪失」

●後悔

デラタコビークルの調理台の前にボケーッと立ち、先ほど大役を終えた鉄板を持つひかり。
ひかり「はぁ…」
と、小さなため息を付く。

すでに試食会は終わり、ちえり達がバイバイと手を振って去っていった、しばらく後。
アカネは少し離れたベンチに腰掛け、携帯電話に向かって喋っている。先ほど聞き耳を立ててみると『レナ』というのが聞こえたので、早速彼女とモッフルについての相談をしているのだろう。
ゆとりとひかるはお手洗いに行っており、さらにお客さんもいないため、今ビークル周辺にいるのはひかりだけだった。

休日の公園において、少々不自然な状況といえるが、ひかりはそれに気づいていない。

ひかり<失敗しちゃった…あの子達を、傷つけてしまった…>
お醤油アイスのモッフルを、無理に美味しいと言っていた、幼い顔のふたりを思い出す。
ひかり<みつばちゃんに、ちえりちゃん…>
自信を無くしてしゃがみこんだとき、手を握ってくれたちえりの感触が、まだ残っている感じがする。
ひかり<やっぱり、これはもっと試すべきだったんだ。あんなに辛そうにして>はあぁ、ともう一度ため息を付く。「わたし、完全に浮かれてた」


ちえりパステルガァル! 公式ブログ-落ち込んでいる九条ひかりさん

セインフ「何にだセイン?」
最後につい口から出た独り言に、ウォッチコミューンに化けているセインフが反応する。
ひかり「セインフ…。わたし、あの子達を悲しませてしまった気がする。あんなに無理して、食べてくれて…」
先ほど頭の中で考えた事を、セインフではなく自分に言い聞かせるように語る。
セインフ「僕には…あの子達が本当に無理したのかどうかは、判らないセイン。でももし、ひかりの思う通りだったとしても、また練習して、今度こそあのふたりに喜んでもらえればいいんだセイン!」
ひかり「うん…ありがとう、セインフ」
セインフ「どういたしましてセイン。ひかり、ファイトだセイン」
ひかり「うっ、うん………」
それでも元気の出ないひかりは、改めてモッフルの鉄板をボンヤリと眺めていた。

●闇

そのとき。突然何の前触れもなく、ジュウッという音と共に鉄板が熱を帯びる。
ひかり「っうっ!?」
ひかりは驚きと熱で、思わず鉄板を手放してしまう。
握っていたのが取っ手の部分だったから良かったものの、下手をすれば大やけどをするところであった。

鉄板はビークルの床にガァンと落ち、そのままビークルの外に転がり出る。
慌てて鉄板を追いかけるひかり。しかし、
ひかり「!! …これは、鉄板が…!」
鉄板はゴオオオッという音と共に炎を上げたかと思うと、すぐに黒い炭の塊となった。
ひかり「そ、ん、なぁ…!」
恐る恐る鉄板だった物体に触れるひかり。すでに熱を帯びていないのを確認すると、震える両手で掴み取る。
鉄板は悲しいほど軽く、特徴的であった形状は失われ、もはやこれでモッフルを焼くことは不可能であった。

大切なものを突然に失い、何も考えられないまま顔を上げると------ひかりは、闇のまっただ中にいた。
先ほどまであったはずのデラタコビークルや、テーブル、イス、そして公園の風景は完全に見えなくなっている。
目の前にはねっとりとした黒色。まるで目隠しをされたようで、ここがどこなのかさっぱり判らない。
ひかり「あ…ああっ………!」
何が何やら、どうしてこうなったのか、この現象は一体何なのか。
意味がわからなければ、理解もできない。ひかりは呻き声を上げながら、鉄板を持ったまま唖然と立ち尽くした。

セインフ「ひかり、後ろだセイン!」
セインフの叫び声で正気に戻ったひかり、反射的に後ろを振り返る。
そこには………一体いつの間にいたのか、死人の肌のような大男が立っていた。
ひかり「ひゃあぁっ!!」
恐怖で絶叫したひかりは、一目散に男から逃げようとするが、何かに蹴躓いて、頭から豪快に突っ伏してしまう。
ひかり「ううう、…いっ、いや、いやああ!!」
そのまま起き上がれず、芋虫のように這々の体で地面を這って逃げる。お尻を突き出したみっともない格好だが、本人は恥ずかしがっている余裕などない。
錯乱しているそんな状態でも、ひかりは鉄板を手放さなかった。

5メートルほど離れたところで、追いかけてくる気配が無い事に気がついたひかり、お尻を地面にドシンと置いて、後ろを振り返る。
男は微動だにせず、死んだ魚のような目でひかりを見下ろしていた。

●その男、デリートス

その大男の容貌(暗闇なのに見えるのはおかしいのだが、ひかりはそこまで気が回っていない)は、この空間に負けないほど黒い礼服をパリッと着こなし、その上に漆黒のコートを羽織っている。
風になびく墨色のネクタイには、達筆で『一日一悪』と白い文字。
そして顔は、かつてナラクーダという組織におり、ひかゆとプリキュアと激戦を繰り広げた、リバーサスという男に近似していた。


ちえりパステルガァル! 公式ブログ-デリートス

大男「貴様が持っているその鉄板には、貴様の『色』が詰まっていた」男は抑えの効いた声で、ゆっくりと語りかける。「夢、幸せ、不安、後悔、その他もろもろ。………それらの色は、すべて俺様が頂いた」
顔だけでなく、声も似ている。本当にリバーサス本人なのか、ひかりは少々混乱していた。
ひかり「あ、あなたは…」
大男「俺様はデリートス。見ての通りの………ワルモノだ!」
非常に簡潔な自己紹介である。

ひかり「デリートス? リバーサス…さんでは無いのですか?」
デリートス「リバーサスは、俺様の兄貴だ。貴様らが兄貴を倒した事は知っている」
ひかり「お兄さん………」お化けや幽霊の類ではないと判れば、気持ちも落ち着き、頭も回ってくる。「じゃあ貴方は、お兄さんの敵討ちにいらっしゃった、という事ですね」
デリートスは問いには答えず、フン、と鼻を鳴らした。
デリートス「俺様はあそこの船長とは馬が合わなくてな。兄貴も随分こぼしていた」
『あそこの船長』とは、ナラクーダの首領、キャプテン・ニヒルーザの事である。
デリートス「兄貴の最期も、聞いたぜ。随分とセコい真似してくれたそうじゃないか」
ひかり「せ、セコい…」
つぶやきながら、ひかりはリバーサスの最期を思い出す。確かにリバーサスは自分達プリキュアではなく、あるふたりの少女の協力を得て倒したのだ。
セコいと取られても仕方ないのかもしれないが、やや心外でもある。
デリートス「おかげでこっちも遠慮せずに済む。ワルモノらしくないが、兄貴の敵討ちというのもいいだろう。貴様をこの闇の中に溶かす事については、同じだからな」

ひかり「闇………こっ、この闇は、貴方の仕業なんですね!?」
デリートス「ああ、『モノクローム・フィールド』と名付けた。綺麗な闇だろう?」デリートス、ひかりから視線を外し、ゆっくりと周りの闇を見渡す。「ダークネス・ガーディアンの力を、俺様流にアレンジしたものだ」
ひかり「…ダークネス、ガーディアン?」
戸惑うひかり。彼女にとっては初めて聞く単語である。
デリートス「知らんようだな」
ひかり「恥ずかしながら。よろしければ、教えてもらえませんか?」
ちょっと甘えるような声色で問いかける。しかし、
デリートス「それは無理だな。俺様はワルモノだから、そこまで親切にはできん」
と、さらりと断られてしまった。
ひかり「そうですか。それは残念です」
多分そうなるだろうなあ…と思いながら、キッとデリートスを睨み付ける。緊張で全身から汗が吹き出し、シャツが背中にべっとり張り付いて気持ちが悪い。

デリートス「目つきが変わったな。さすが伝説の戦士・プリキュア」
ひかり「もうひとつ教えてください。以前クマのぬいぐるみのような怪物に襲われましたが、あれも貴方の仕業なんですね!?」
デリートス「だったら、どうする?」
ひかり「質問に質問で答えないでください!」
精一杯吼えるひかり。しかし、デリートスは答えず、もう一度フン、と鼻を鳴らす。

デリートス「なるほど、やはり一人では変身できないらしいな」
ひかり「なっ!? …そっ、そんな事はありません!」
デリートス「えらく即答じゃないか。それに声が泳いでるぜ? 俺様はワルモノだから、ウソを付いているかどうかは、すぐに判るのさ」
ひかり「うっ!? ううん…!」
完全に図星を突かれて、うめき声を上げるひかり。
デリートスの言う通り、ゆとりと手を繋がなければ、プリキュアには変身できない。彼女が何とかしてこの空間に現れるまで、会話でも何でもいいから時間を稼ごうとしていたのだった。

デリートス「残念だったな。俺様はワルモノだから、相棒が来るまで待ってやるつもりは無い」
もう会話に飽きてきたな…という感じで首を左右にひねると、デリートスは脇に抱えていたシミター(曲刀)を構え、切っ先をひかりに向けた。

●ひかりの逃走劇

セインフ「ひかりっ!」
ひかり「えっ? ひ、ひゃあああっ!!」
セインフがコミューンの姿のまま、ひかりを引っ張る。

セインフ「ぼーっとしてたら危ないセイン。あんな刀で斬られたら、一発でお終いだセイン!」
ひかり「はぁ、はぁ…あっ、ありがとう、セインフ………」
セインフ「スワンフには合図を送ったから、ゆとりが来るまでなんとか逃げ切るセイン」
ひかり「ううっ…でもどうやって…どうしたら…!」

追いつかれていないか心配になって、ひかりは走りながら後ろを振り返った。
その時、
ひかり「あぐぅっ!?」
突然走っている方向から不意に衝撃を受け、ひかりはガツンと倒されてしまう。
ひかり「あ、あああっ! …ううっ、ううーん…」
あまりの痛みで、地面で転がり回るひかり。激しく打った頭がズキズキ痛み、呼吸も思うようにできない。
鉄板は地面に落ちた瞬間に割れ、真っ二つになってしまっていた。

セインフ「ひかりっ!?」
慌てて実体化するセインフ。反射的にひかりが衝撃を受けた方を振り返る。
………何も無い。周りと同じ暗闇が広がっているだけである。
さらに振り返ると、ゆっくりとこちらに歩いてくるデリートスの姿が。その距離はひかりが走った分だけ離れていた。
今のはデリートスの仕業なのだろうか。ひかりは一体、何をされたのか?

●異世界の正体

デリートスはそのまま、倒れているひかりと、彼女を護っているセインフを無視して通り過ぎる。
デリートス「おいおい、困るじゃないか。せっかく気に入った車なのに、壊してくれるなよ」
セインフ「く、車?」
ピタと立ち止まったデリートス、何もないはずの空間をコンコン、と叩く仕草をする。
すると、何もないところから、カンカン、と何故か金属音がする。
さらにドアを開けるような動きをすると、バタン、と何かが開く音。その音はセインフがよく知っているものだった。

セインフ「その音は…一体どういう事なんだセイン!?」
デリートスはフンと鼻を鳴らすと、見えないドアを律儀に閉める。
デリートス「ここは異世界ではない。貴様らが今いた場所から、『色を消しただけ』だ」

セインフはその意味を理解した瞬間、ハッとなって周りを見渡した。
そういえば、突然出現したデリートスから逃げる時に、ひかりは何かに躓いて転んでいる。あそこには、先ほど試食会を楽しんだテーブルとイスが無かっただろうか。
ひかり「せ、セインフ、一体どうなってるの? わたし、何が何だか…」
セインフ「僕らには見えないけど、ここは若葉台公園だセイン。さっきひかりがぶつかったのは、デラタコのビークルに間違いないセイン!」
ひかり「ええっ!? でも、でも全然見えないっ!」
セインフ「ここはそういう場所なんだセイン」ひかりにきっぱりと言い切った後、デリートスに向かって叫ぶ。「そうだなセイン!」

デリートス「そうだ。これこそが『モノクローム・フィールド』。すべての物体が黒と白だけで描かれた、シンプルで、スッキリとした世界だ」
ひかり「黒と、白…」
なぎほのプリキュアが一瞬頭に浮かぶが、いやいやそんな可愛いものでは無いだろうと妄想を振り払う。
このような事態に追い込まれているのにと、ひかりは自分のおめでたさに腹が立った。

デリートス「『世界無色計画』のオブジェとして、このメシを作れる車は頂いていくぜ」
セインフ「世界、無色計画?」
デリートス「まだ話していなかったな。世界の何もかもを、このすばらしい配色に染め上げる。この中では俺様以外の生き物は、まともに生きる事はできん」
デリートス、ひかりの方を向くと、思い切り歪んだ笑顔を見せる。
デリートス「いずれ世界中の生き物を招待しよう。この世界の中で何もできずにもがき苦しみ、最後は俺様に跪くことになる。………どうだ、ワルモノらしいだろ?」

ひかりの目の前には、真っ二つになって壊れた鉄板がある。
この世界を、デラタコのビークルを、この鉄板のようにしてしまうというのだろうか。

ひかり「はい………とっても、ワルモノらしいです」
ひかりは鉄板の一片を掴むと、ヨロヨロになりながらも起き上がった。
ひかり「でも、そんな事はさせません。このビークルは、絶対に渡しませんっ!」
士気が蘇り、その勢いでデリートスに吠え掛ける。

その直後。ひかりがほんのまばたきをした一瞬。
デリートスは腰を少し落としたかと思うと、一気に間合いを詰め、ひかりの首筋にシミターの刃先を当てた。
もう10センチほど奥であれば、ひかりの首はスッパリと切り落とされていたところである。
セインフ「ひかりっ!」
デリートス「動くな。………俺様はワルモノだから、お願いをしている訳じゃあないんだよ」
ひかり「う、ううっ…!!」
デリートス「大人しくしていろ。すぐには始末せん。ここで『パステルガァル』どもが無様に倒されていく様を、じっくり見物しているんだな」
ひかり「えっ!? ええっと、ぱ、パステル…?」
デリートス「『パステルガァル』だ。………フン、ずいぶん待たされたが、ようやっと見つけてくれたようだ」
デリートスはひかりの首筋から刃を外したかと思うと、振り返って何もない空間を見つめた。

頭に立て続けに衝撃を食らったため、ひかりは戦う前からフラフラ、体もクラクラである。
それでも必死に頭を起こし、デリートスの視線の先を追った。そこには………
ひかり「あっ、ああっ…!」
ずっしりとした暗闇の中に、小さいけれど、強く輝く光。
その光の向こう側から、唐突に大きな刃が突き立てられる。刃は一気に下に振り下ろされ、空間の中に一本の縦筋ができた。

さらにその縦筋の中から、ニョキッと女性の両手らしきものが現れたと思うと、それは縦筋の両端をつかんだ。そして、
「どぉりゃあああ!!!」

ちえりパステルガァル! 公式ブログ-るりか入ってくる
という女の子のかけ声と共に、空間を両手で思い切りこじ空けた。
その中から飛び出す、別のふたつの影。こじ開けた女性(?)もふたつの影と共に、闇の世界に入って来る。
逆光になっていて姿は良く見えないが、一番背の高い女性の髪型は、どうやらポニーテールのようであった。

ひかり「ゆとりじゃ、ない。あの子たちが、パステルガァル………!?」