1年生の3学期から、本格的な不登校になり、
4年生の6月に、私がもう学校をあきらめて、
付き添い登校をするのをやめて、もうすぐ一年。。。
学校とのつながりを切りたくない、
もしくは、また行けるようになるかもしれない、
同じ年代の子と遊んでほしい
色々な思いで、付き添い登校をずっとしてたけど、
なんか、もういいや、と思って、
本当の意味で、そしていい意味で、あきらめることができた。
学校に連れて行かないことで、
私の心の余裕と時間ができたこと。
夜勤の仕事ができるようになったこと。
勉強も見るのをやめたこと。
無理することをやめたら。
心と体とお金の余裕ができた。
そして、子供も。
本当の暇を体験して、
電子機器類も、ちょっと飽て、
一番困ったのは、私から離れないこと。
どこに行くのも一緒。
寝るのも一緒。
遊ぶのも一緒。
お風呂も一緒。
私の病院も一緒。
私は一人の時間というものがなくなり、
精神的にかなり追い詰められていった。
私はもともと一人の時間が好きで、
音もない、誰もいない、そんな空間で癒されるタイプ。
不登校の親は、孤独で。
誰に話すこともできず、旦那が聞いてくれるわけでもなく、
子供が離れることもないので、自由な発言が出来ず、
本当に苦痛で。
申し訳ないけど、私はお願いだから離れて、一人にさせてとか、
言っちゃうタイプでした。
もう、我慢が出来なかった。
とにかく、子供と二人でいると気が狂いそうで。
大人と会話がしたい、
自分の子供から離れたい。
そういう思いが強すぎて、
きっと、無意味に潜在意識とか
共感とか傾聴とか、
無駄にお金を払ってきてしまった。
今思えば、
『親の会』とか、もっと早く行ってればよかったと思った。
ネットの情報で、
親の会に行くと、ますます辛くなる・・・みたいのを読んでいたので、
これは、行かないほうがいいと勝手に決めつけていかなかった。
けど、私は行ってよかったと思う。
理由は、不登校の人はいっぱいいるってわかるし。
大変なのは、自分だけじゃないって思えたし。
聞いているだけで、楽になってくることが多かった。
自分が話せたら、一番いいんだろうけど。
なかなか上手に話せない私は、
同じくらいの子の不登校の親が抱える悩みが
一緒だったりすると、
その人が話しているだけで、すっきりしたりしてた。
私だけじゃない・・・って思えるようになったのが一番、楽になったかな。
不登校になると、とにかく自分を責めることが増えて。
一人の時間がないから、私のイライラがピークで
冷たい言葉をあびせてしまった場合、
こんな親だから・・・みたいに後悔の念に苦しめられる。
でも、親の会に行って、同じような気持ちで苦しんでいる人がいると
私だけじゃない、私が異常なんじゃない、これが当たり前なんだって
苦しんでいるのは、そんなに変なことなんじゃないんだって思えたら、
本当に楽になった。
私の場合は。
親の会が合わない人もいるだろうけど、
私はそこから不登校の子が集まる団体があるって教えてもらったり、
適応指導教室みたいなのも行ったり、
親の苦労とか、大変な話を聞くだけで、
私は同志になれたような気がして、心が落ち着いた。
そして、そこから、不登校の親仲間という繋がりができ、
初めて、今自分の大変なことみたいな
本音を話すことができて、すごく楽になった。
私は、一人の時間は大好きだけど、
不登校の親という孤独は耐えられなかった。
誰にも、素直に本音で、話ができないという孤独。
誰にもわかってもらえない気持ち。
なにをやってもうまくいかない、そんな毎日との闘い。
同じ不登校の親でも、
誰ともかかわらなくても、元気な親もいっぱいいて、
すごいなー、私、なかなかここまで受け入れられなかったけど、
みんな、すごいなーって思った。
孤独を感じて、苦しくなければ、
誰もなにも話す必要はない。
でも、私は、たぶん、この苦しい胸の内を
誰かに聞いてほしかったんだと思う。
不登校の親同士、
もちろん全員違うけど、
共通する悩みとか、
それぞれの悩みとか、
私、人生のうち、こんなふうに本音で語れるようになったのは、
不登校になってからな気がする。
そして、去年の6月から学校に連れて行かなくなった娘は、
暇をもてあそぶようになり、
外出もかなり増えて、ひとりでお買い物などすることもでき、
外食もいろいろなところへ行けるようになってきた。
(ぜんぜん食べないときもあるけど)
そして、終了式の日、学校が終わって子供たちがいなくなってから登校したり、
離任式の日に、学校に行ったり、
勉強は全然してないけれど、
学校に少しだけ行ったりしている。
摩訶不思議。
そして、大好きだった先生が学校をやめる離任式には行って
色々な先生と会話をし、友達とふれあい、
なんなら、もう先生をやめたその人と連絡先を交換し、
今は、学校外で遊ぶことも増え、とても楽しんでいる。
もう、今は先生じゃないその人と触れ合いが
とっても、うちの子供が成長をする機会を作ってくれています。
本当にこういうの私は待ち望んでいたことだった。
親以外の誰かと付き合ってほしかった。
同年代くらいの子供と付き合ってほしいという思いはもちろんまだあるけれど、
今は子供じゃなくていいから、
心許せる仲間が欲しかった。
今は、その方のおかげで、
活動範囲が増え、
親から離れて、いろいろなことを経験させてもらっている。
本当に、ご縁に感謝しかない。
どこまで甘えていいのか悩みどころではあるけれど、
この関係が続けばいいなって思っている。
親だと甘えてしまうところがたくさんあるだろうけど、
その元先生なら、甘えすぎず、
自分で考えて行動することも増えてくるだろうし。
こういう出会いも私の力ではなく、
いろいろなラッキーが重なってつながったもの。
小林正観さんの『人生はシナリオ通り』という言葉がふんわり浮かんでくる。
この人生は自分で作って、神様に許可をもらって、この世に降りてきた説が
私の心を変えてくれたし、今は、そうなのかもしれないってちょっと思う。
私は不登校の親になるっていうシナリオだったんだ。
子供は不登校になる予定で生まれてきたんだ。
みんな、神様がOK出したんだから、
どうにかなっていくんだ、大丈夫だ。
まだ、不安に襲われることはあるけれど、
ずいぶんすっきりしたのは間違いない。
不登校の親になったからこそ、
本音で話せる仲間が増えたことは
本当にうれしいこと。
これがなかったら、
私はきっと不登校は甘えからくるとか、
親が悪いとか、
しつけがなってないとか、
もっと、厳しくすべきだとか、
たぶん、すごい心優しくない人間になってたと思う。
がんばることがいいことで、
がんばらないことは悪いこと。
ほんとうに、世の中の常識そのままの
堅物の人間になるところだった。
私は、子供が不登校になって
世の中、正論だけがすべてじゃないって思えたから。
正論で論破するのが当たり前だと思ってたけど、
子供が不登校になってから、
当たり前が当たり前じゃなくなって、
普通が普通じゃなくなって、
厳しくしても、優しくしても、何もよくならず。
こうすればいいのに!っていうことが、
何一つうまくいかない。
がんばってもがんばっても、
やらないなんて当たり前。
でもおかげで、
当たり前が当たり前じゃないってことに気づけた。
そんな、こと。