私は苦手なことがある。
基本的に誰かに相談することは苦手だ。
そして、身近になればなるほど、さらに苦手度は増す。

まったく知らない他人なら話せるのに、近しい人ほど心の内を開けない。

 

育った環境で、困ったことを相談するという環境がまったくなかったこと。
父親には、もちろん相談しようなんて思ったこともない。
母親には、こんな父親がいるだけで大変なのに、相談するなんてことできなかった。
ただでさえ、私の存在は、迷惑をかけていると思っていたからだ。

白を黒、黒を白に帰る父親。
離れることで呪縛はずいぶん薄くなってきたけれど、いまだに帰れば、恐ろしく嫌な存在になる。
離れることは悪いことじゃない。
私は父親に長生きをしてほしいとは思っていない。
でも、80を超えてるんだから、もう十分長生きだ。
本人は死ぬ死ぬと言いながら、なかなか死なない。

母親が一家の大黒柱だった。
私がいるから離婚できないと思っていたし、頭がいい子でも愛嬌がある子でもなかったから。
できることは、静かに迷惑をかけないこと。
ただ、それだけだった。


誰かに何かを話すということは、なかったな。
親戚の集まりも嫌いだったし。
親戚がみんな出来る人に見えたから。
誰もみじめだと言ったわけじゃないけれど、自分がみじめに思っていたな。

大人になって、だんだん図太くなってきたけれど。
いまだに親戚の集まりも苦手だ。
父親がいると緊張する自分がいる。
うまくやらなければ・・・って焦るから。

何回か話し合おうと思ったけど、無理だった。
過去と向き合え、自分と向き合え、親と向き合え。
もう、それはもう今はいい。
私には父親を替えることは出来ないから。
戦うパワーも残ってないわ。

今は自分のこと。
子供のこと。
旦那さんのこと。

今の家族のことを優先しよう。
今現在のことを考えよう。

私は自己中心的だ。
自分の思いから、脱出できない。

子供のことを旦那さんに相談しなければいけないのに、どう相談していいか、どう話していいか。
子供の前で話すのか、子供の前で話さないほうがいいのか。

わかってる。
うまくやろう。うまく話そうって思うから。
どう伝えたら、一番いいだろうって。
うまくやりたいって、失敗したくないって思っているから。

本当はなりふり構わず、わめいたほうがよっぽどいいんだろうな。
感情は殺すことが、父親のそばで生き抜く方法だったから。

自分の感情を殺すことで、何を言われてもなんとか耐えてこられた。
自分の感情を言う、見せる、ということはしなかった。
叩かれても痛いと言わず、怒鳴られても怖いと言えず、怖がっている自分を責めた。
何も言わないってことが、習慣として身についた。

嫌なことでも、はい。
腹が立っても、はい。

間違っていると思っても、はい。
愛想笑いが増えた。
話は聞いたふり。
自分の意見が父親と違えば怒られるから。
意見を言えと言われて、怒られる。叩かれる。

そんな生活は今はないじゃないか。
ある意味、無関心な旦那さん。私を責めることはしないじゃないか。
私の子供。従順ではないし、わがままだけど、私の話も聞いてくれる。

意見が言えない環境ではないはずだ。
うまく伝えようと、どうやって説明しようか。
合理性を考えてしまうのも悪いことじゃないはずだ。
話さなきゃ。

うまく伝えられなくても。
どうしていいか、わからないことも。

こういうのを自己中心的っていうんだろうな。って思う。
自分のことしか考えていないから、悩むんだと思う。