今回は、
2026年9月9日の「重陽の節句」
を迎える前に、どうしても皆さんに
お伝えしておきたいことがあります。
今回、私が菊理媛(くくりひめ)から
受け取ったのは、
「一度、自分の人生を整理し、
次の流れへ移る準備をしてください」
というメッセージでした。
9月9日を境に、
突然何か恐ろしい出来事が起こる
という話ではありません。
けれども、
これまで無理につなぎ止めてきたもの、
終わっているのに見ないふりをしてきたもの、
違和感を抱えながら続けてきたものが、
少しずつほどけていく流れに入ります。
だからこそ、9月9日までの時間を使って、
・終わらせること
・整えること
・結び直すこと
この3つに向き合ってほしいのです。
カナダで改めて感じた、日本の精神性の大切さ
私は少し前まで、
娘が暮らしているカナダへ行っていました。
娘が一時帰国を終えて
カナダの学校へ戻るタイミングに合わせ、
私と夫、私の母、夫の母、
そして娘の総勢5人での旅でした。
バンクーバーから車を借り、
2日ほどかけてカナディアンロッキーを
巡りました。
目の前に広がる壮大な山々や
自然の美しさに触れながら、
改めて「人間も自然の一部なのだ」
ということを感じました。
その後、バンクーバーにあるUBC、
ブリティッシュコロンビア大学を訪れました。
大学では、精神性や
これからの時代の人間の在り方について
研究されている方々との交流があり、
チベット僧侶の方からチベット密教における
「空」のお話を伺ったり、
「空」の瞑想を体験したりする機会を
いただきました。
一方、私は日本に伝わる禊祓いや、
日本の精神性についてお伝えし、
皆さんと一緒にワークショップを行いました。
今回で3回目となる交流でしたが、
チベット密教と日本に古くから伝わる精神性には、
通じ合うものがたくさんあると感じています。
また、胎内記憶やバーストラウマ、
親子関係にある魂の意味についても
お話ししました。
海外の方々にも
非常に深く響いていたことが
印象に残っています。
日本の大切な精神性や神道の知恵は、
これから日本国内だけで守るのではなく、
世界にも伝え、さまざまな場所に
記録として残していく必要があるのではないか。
今回の旅を通して、
その思いがさらに強くなりました。
祈りと伝統を未来へつなぐ
2026年6月末には、
京都の伏見神寶神社の御垣再建奉納に向けた
クラウドファンディングを行いました。
その結果、
1,000万円を超えるご支援が集まるという
本当に神がかった展開になりました。
クラウドファンディングには
参加できなかったけれど、
お名前を奉納したいという方も
大勢いらっしゃいました。
そこで、奉納帳を手作りし、
何百人という皆さんのお名前を
一枚一枚書かせていただきました。
これも、
昔から受け継がれてきた祈りの場所を、
次の時代へ手渡していくための活動です。
今回の菊理媛のメッセージにも、
「昔へ戻るのではなく、
大切なものを次の時代へ渡しなさい」
という言葉があります。
古いものを、
その形のまま残すことだけが
伝統ではありません。
大切な本質を失わず、
今の時代を生きる人にも分かる形へ結び直し、
未来へ手渡していく。
それもまた、
伝統を守るということなのです。
9月9日は「重陽の節句」
9月9日は、「重陽の節句」です。
古くから奇数は「陽」の数とされ、
その中でも一桁の奇数で最も大きい「9」は、
陽の力が極まる数字と考えられてきました。
その「9」が二つ重なることから、
9月9日は「重陽」と呼ばれます。
しかし、陽の力が極まるということは、
そのままずっと陽が続く
という意味ではありません。
満月を迎えた月が、
そこから少しずつ欠けていくように、
陽が極まれば、
やがて陰へ向かっていきます。
これは良い、悪い
という話ではありません。
自然界は常に、
一つの状態が極まると、
次の状態へ移っていきます。
春から夏へ、夏から秋へ、そして冬へ。
一つの流れが頂点に達したとき、
次の流れが始まるのです。
重陽の節句は、
「極まり」と「転換」の境目
にある日です。
そのため、
今まで通用していたものが
通用しなくなったり、
これまで続いてきたことが
別の方向へ動き始めたりする
節目でもあります。
世界で起きていることと、自分の中で起きていること
今、世界を見渡すと、
洪水や地震などの自然現象、
経済や政治の問題など、
さまざまな変化が起きています。
けれども、
世界で起きていることと、
私たち一人ひとりの人生で
起きていることは、
まったく別のものではありません。
この世界は「フラクタル」
でできているといわれます。
例えば、ブロッコリーを
思い浮かべてみてください。
大きな一株のブロッコリーを
細かく分けても、
一つひとつが同じような
ブロッコリーの形をしています。
マトリョーシカもそうですね。
大きな人形の中に、
同じ形の小さな人形が入っています。
大きな世界と小さな世界は、
同じような仕組みで
動いているのです。
世界や日本で起きている変化は、
私たちの身近な人間関係や仕事、
お金、健康、生き方にも現れます。
だから、
日本の大転換を迎える準備とは、
何か大きな活動を始めることだけでは
ありません。
まず自分自身の小さな世界を整えること。
自分の中で無理をしている部分や、
戦っている部分を調和させること。
それが、
世界全体の流れを変えていく
一歩になるのです。
菊は「死」ではなく「命を更新する花」
重陽の節句は、
別名「菊の節句」と呼ばれています。
菊というと、お墓や葬儀に供える花
という印象を持つ方も多いかもしれません。
しかし本来、菊は死を表す花ではなく、
長寿や若さ、邪気祓い、
無病息災を象徴する花として
大切にされてきました。
かつて宮中では、
重陽の節句の前夜、
9月8日の夜に菊の花へ綿をかぶせる
「菊の被綿(きせわた)」
という風習がありました。
翌朝、その綿には
菊の露や香りが移っています。
その綿で体を拭い、
菊の生命力をいただくことで、
長寿や若さ、無病息災を願ったのです。
菊酒を飲み、
菊の花を愛でる習慣もありました。
秋は、
自然界が冬へ向かっていく季節です。
日が短くなり、気温が下がり、
草木が少しずつ枯れていく。
その中で菊は、
力強く花を咲かせます。
しかも、
桜が一週間から10日ほどで
散ってしまうのに対し、
菊は長く咲き続けます。
菊は、終わりへ向かう季節の中で、
もう一度、命を咲かせる花です。
だから菊には、
生と死、陰と陽を一つに統合し、
次の段階へ進むという意味があるのです。
日本のパスポートにも、
十六弁の菊花紋が描かれています。
中心にある命や太陽から、
四方八方へ光が広がっていく。
その姿は、
日本人が大切にしてきた
命の継承を象徴しているようにも
見えます。
菊理媛は、二つの世界の境界に立つ神様
9月9日を前に、
強く意識していただきたい神様が
菊理媛です。
菊理媛は、『古事記』には登場せず、
『日本書紀』の一書に、
ほんのわずかに登場する
謎の多い神様です。
登場するのは、
伊邪那岐命と伊邪那美命が
黄泉比良坂で決定的に分かれる場面です。
伊邪那美命は黄泉の国へ行き、
伊邪那岐命はこの世へ戻っていきます。
男と女、生と死、この世とあの世。
二つの世界が分かれようとする
境界に現れたのが、菊理媛でした。
菊理媛が二柱に何を伝えたのかは、
『日本書紀』には記されていません。
ほんのわずかしか
登場しないにもかかわらず、
石川県の白山比咩神社をはじめ、
石川、福井、岐阜などに広がる
白山信仰の中心的な御祭神として、
長く信仰されてきました。
私自身、
菊理媛とは不思議なご縁があります。
菊理媛のミッションに
取り組んでいるとき、
白山比咩神社の近くに
祖父母が住んでおり、
祖父が氏子だったことを
後から知りました。
また、
私が白山比咩神社へ向かうとき、
不思議と歯に関する出来事が
起きることがあります。
歯には、
物事を「噛み砕く」「噛み合わせる」
という働きがあります。
自分の中で
噛み合っていなかったものを理解し、
もう一度整えていく。
その象徴として
現れているのではないかと、
私は受け取っています。
「結ぶ」とは、元に戻すことではありません
菊理媛は、そのお名前のとおり
「くくる」「結ぶ」働きを持つ神様
とされています。
そのため、
縁結びや人と人とのご縁を結ぶ神様
として信仰されています。
ただし、ここで大切なのは、
「結ぶ」とは何でも元どおりにすること
ではないということです。
菊理媛が仲裁した後も、
伊邪那岐命と伊邪那美命は、
元の夫婦関係には戻りませんでした。
それぞれが、
それぞれの世界へ進みました。
つまり、
菊理媛の「くくる」とは、
・終わるものを終わらせる
・離れるものを離れさせる
・起きたことを経験として受け取る
・大切なものを次へ持っていく
という働きなのです。
別れた二人を無理に復縁させたり、
切れたものを昔の状態へ戻したりすること
ではありません。
次へ進むために、
一つの区切りをつけること。
私たちは決断するとき、
「腹をくくる」と言いますよね。
腹をくくることも、
何かを元どおりにすることでは
ありません。
自分の心を決め、
次へ進むための覚悟を持つことです。
9月9日から始まる日本の変化
菊理媛は、9月9日になった途端、
大きな事件や災害が起きる
と言っているわけではありません。
「地震が起きるのではないか」
「台風が大暴れするのではないか」
「経済が暴落するのではないか」
そのように怖がる必要はありません。
そうではなく、
これまで無理につないできたものが、
徐々にほどけ始める
と伝えているのです。
人間関係でも、
仕事でも、恋愛でも、
お金の問題でも同じです。
「もう限界だ」と感じながら、
無理に職場と自分を
つないできたかもしれません。
本当は会話も気持ちも
合わなくなっているのに、
どちらかが我慢を続け、
執着で恋愛関係を
つなぎ止めてきたかもしれません。
形だけを保ちながら、
「本当は違う」と思って
生きてきたこともあるでしょう。
日本という国にも、
政治や経済、社会の仕組みの中で、
無理につないできたもの、
ごまかしながら続けてきたものが
たくさんあります。
それらが、
もうごまかしきれなくなります。
一度ほどかなければ、次へ進めない。
そして、本当の意味で
「真実と結び直す時代」
が始まっていくのです。
誰かに全部を預ける生き方を終える
これまでは、
「国が何とかしてくれる」
「会社が守ってくれる」
「正しい人が答えを教えてくれる」
そのように、自分の人生を
誰かに預けることが
できたかもしれません。
けれども、これからは、
すべてを誰かに委ねる生き方が
苦しくなっていきます。
必要なのは、
「自分で知る」
「自分で考える」
「自分で選ぶ」
という力です。
お金、仕事、健康、教育。
どの分野でも、自分で学び、
判断する力が必要になります。
「もう年だから」
「難しいから分からない」
「面倒だから誰かに任せよう」
私自身も、
そう思ってしまうことがあります。
でも、菊理媛は、
それではいけないと伝えています。
大きな会社にいれば絶対に安全、
この国にいれば何があっても大丈夫
という時代から、
一人ひとりが自分の力を取り戻す時代
へ変わっていくのです。
終わったものを、無理につなぎ止めない
菊理媛が最も強く伝えているのは、
「もう終わったものを、
無理につなぎ止めないでください」
ということです。
終わった関係や役割を
無理につなぎ止めようとすればするほど、
不自然な状態になります。
不自然なものは、長くは続きません。
自然に反した状態を保とうとすると、
自分自身が苦しくなり、
まるで生き地獄のように
感じてしまうこともあります。
私たちは自然の一部です。
一人ひとりが持っている
自然なエネルギーがあり、
大切な人との間にも、
自然に流れるエネルギーがあります。
それを無理にせき止めたり、
終わっているのにつなぎ止めたりすれば、
苦しさが広がっていきます。
終わらせることは、
失敗ではありません。
終わらせることは、
次の時代へ何を渡すのかを
決めることでもあります。
9月9日までにやってほしいこと① 一つだけ終わらせる
人生をすべて変える必要はありません。
まずは、9月9日までに
「一つだけ終わらせるもの」
を決めてください。
例えば、
・もう使っていないものを一つ手放す
・見るたびにつらくなるものを、自分の視界から外す
・終わった出来事への怒りを整理する
・人と自分を比べる習慣をやめる
・無理をして続けている役割を終える
・「いつかやる」と言い続けている状態を終わらせる
ということです。
何かを完全に終わらせるのが難しい場合は、
最初の一歩を踏み出すだけでも構いません。
調べる、問い合わせる、
資料を開く、必要な人に連絡する。
それも立派な行動です。
私の場合は、
「英語を勉強したい
と思い続けているだけの状態」
を終わらせようと思いました。
英語の勉強そのものを
終わらせるのではありません。
「勉強したいな」と思いながら、
何も始めずにいる状態を終わらせるのです。
そのために、9月9日までに
どのようなWeb教材があるのか調べ、
自分に合いそうなものを
比較することにしました。
このような小さな一歩でいいのです。
9月9日までにやってほしいこと② 一か所だけ整える
家中を大掃除する必要はありません。
家の中や身の回りを、
一か所だけ整えてください。
これは「境界線を整える」
ということにつながります。
例えば、
・玄関を掃除する
・財布の中を整理する
・クローゼットを一か所片づける
・スマートフォンの不要なメールを削除する
・机の上を整える
ということで構いません。
一か所を整え、そこに空間を作る。
その空間が、
新しいものを迎え入れる
余白になります。
物がぎっしり詰まった場所には、
新しいものを入れることができません。
人生も同じです。
古い役割や感情で
いっぱいになっていると、
新しいご縁や幸せが入る余地が
なくなってしまいます。
9月9日までにやってほしいこと③ 紙を二つに分けて書く
一枚の紙を半分に折り、
左右に分けてください。
左側には、
「9月9日までに終わらせたいもの」
を書きます。
・執着
・怒り
・古い思い込み
・合わなくなった役割
・過去の成功へのこだわり
・自分を責める習慣
・「私にはできない」という思い
もう持っていても
賞味期限が切れているものを
書いてください。
右側には、
「9月9日から結んでいきたいもの」
を書きます。
・新しい仲間
・本当にやりたい仕事
・家族とのより良い関係
・健康な体
・自分らしい生き方
・新しい学び
・安心して過ごせる環境
左側に終わらせるもの、
右側にこれから結ぶものを書くことで、
自分の中にある思いを明確にできます。
頭の中だけで考えていると、
同じところをぐるぐる回ってしまいます。
けれども、紙に書くことで、
自分がどこからどこへ向かいたいのか
が見えてきます。
9月9日当日にするとよいこと
9月9日の朝は、
窓を開けて空気を入れ替えてください。
そして、
手と顔をいつもより丁寧に洗いましょう。
自分を清め、
古い流れから新しい流れへ
切り替わることを意識してください。
その後、
事前に書いた紙を開き、
これから結んでいきたいものを
確認します。
ただ願うだけではなく、
「私は、こちらへ進みます」
と、自分の心に伝えてください。
そして、必ず一つは
現実の行動へ移しましょう。
・会いたい人へ連絡する
・やりたいことについて詳しく調べる
・体験レッスンに申し込む
・新しい予定を入れる
・学びたい教材を決める
祈りと行動をセットにすることが
大切です。
祈っただけで終わらせず、
現実の世界で小さな一歩を
踏み出してください。
無理にやらなくてよいこと
9月9日までに整えなければいけない
と聞くと、
真面目な人ほど焦ってしまいます。
けれども、次のようなことを
無理にする必要はありません。
・人間関係を勢いで切る
・衝動的に仕事を辞める
・怖い予言を探し続ける
・すべてを完璧に終わらせようとする
・できない自分を責める
必要なのは、
無理な決断ではありません。
自分の中に
ずっとあった思いに気づき、
自然にできる一歩を選ぶことです。
苦しい努力や、
頑張り続けなければ価値がない
という思いを終わらせることも、
一つの大切な区切りです。
「私にはできない」
という思いを終わらせるのも、
とても素晴らしい選択です。
大きく動かなくてもいいのです。
腹をくくり、小さな一歩を踏み出す。
それが、
菊理媛の「くくる」という力を、
自分の人生に受け入れることなのです。
菊理媛からのメッセージ
最後に、今回私が
菊理媛から受け取ったメッセージを
お伝えします。
役割を終えたものを、
無理につなぎ止めなくてもいい。
違うものを戦わせるのではなく、
違うまま結びなさい。
昔へ戻るのではなく、
大切なものを次の時代へ渡しなさい。
私たちは何かを整えようとすると、
自分と違うものを否定したり、
どちらか一方を正しいものにしよう
としたりします。
けれども、違うものは、
違うままでいいのです。
男と女、この世とあの世、
過去と未来、
古い価値観と新しい価値観。
無理に一つにしなくても、
それぞれの違いを認めたまま
結ぶことはできます。
外の世界にある争いを
なくしたいのであれば、
まず自分の心の中で、
自分自身と戦うことをやめてください。
嫌っている自分、
責めている自分、
認められない自分。
その存在を排除するのではなく、
違うまま受け入れ、
調和させていく。
それが、陰と陽を統合する
ということです。
大切なものを、今の時代に合わせて結び直す
世代によっても、
持っている集合意識は違います。
一概には言えませんが、
現在60歳前後の方々は、
バブルの勢いを経験し、
「まだいける」「もっと前へ進める」
という感覚を持っていることがあります。
その次の就職氷河期を経験した世代には、
「頑張らなければ生き残れない」
という意識が刻まれていることがあります。
さらに40代前後の世代には、
さまざまな人の意見を聞きながら、
その中で自分の立ち位置を
探そうとする傾向も見られます。
それぞれの世代に、
受け継いできた価値観や生き方があります。
けれども、
今は令和8年、2026年です。
昔とまったく同じやり方が、
そのまま通用するわけではありません。
昔へ戻るのではなく、
過去から受け取った大切なものを、
今の時代に合う形へ結び直す。
本質は残し、形は自然に変えていく。
そうして次の世代へ手渡すことが、
これからの私たちに求められています。
9月9日の重陽の節句は、
陽が極まり、
陰へと移っていく節目です。
そこから秋分の日へ向けて、
自然界の流れも
大きく変化していきます。
終わったものを
無理につなぎ止めるのではなく、
受け取るべき経験を受け取り、
大切なものを次へ渡す。
誰かに人生を預けるのではなく、
自分で知り、
自分で考え、
自分で選ぶ。
その準備を、
9月9日までに始めてください。
人生を
すべて変えなくても大丈夫です。
一つ終わらせる。
一か所整える。
一枚の紙に書く。
そして、一つ行動する。
その小さな一歩が、
あなたの人生を真実と結び直し、
新しい時代へ進むための
大切な始まりになります。