今回は、熊本で起きた地震について、

神様からどのようなメッセージが

込められているのか、そして、

これから日本はどのような未来へ

向かっていくのかを

お話ししていきたいと思います。

 

まず、被災された皆様、

そして今も不安な時間を

過ごされている皆様に、

心よりお見舞い申し上げます。

 

これ以上、被害が広がりませんように。

必要な支援が必要な方のもとへ、

速やかに届きますように。

 

そして、皆様が一日も早く

安心して過ごせる日常を取り戻せますように、

心よりお祈りしています。

 

今回は地震を

スピリチュアルな視点から

読み解いていきますが、

これは地震の科学的な原因を

説明するものでも、

被災された方に責任がある

というお話でもありません。

 

地震は、地殻やプレートの動きによって

起こる自然現象です。

その事実を踏まえたうえで、

今この出来事を通して、

私たち一人ひとりが

何を見つめ直せるのか。

 

そのことを、

魂や祈りという角度から

考えていきたいと思います。

 

 

今、「後ろ戸」が開いている

 

今回の地震を受け取ったとき、

私が強く感じたのは、

「今、後ろ戸が開いている」

ということでした。

 

これまで私たちが封印してきたもの、

見ないようにしてきたもの、

なかったことにしてきたものが、

もう抑えられなくなって、

表へ噴き出そうとしているのです。

 

私は以前から、今年は、

これまで隠されていたものが

次々と開かれていく

とお話ししてきました。

 

個人の内側でも、社会全体でも、

長い間ふたをされてきたものが、

もう「なかったこと」

にはできなくなっています。

 

その動きが、

地震という大きな自然現象を前にして、

より強く意識されるタイミング

に入ったのだと感じています。

 

「後ろ戸」と聞いて、

映画『すずめの戸締まり』

を思い出す方もいるかもしれません。

 

映画の中では、

災いにつながる後ろ戸を

閉めていく姿が描かれていました。

 

しかし、今の私たちは、

ただ戸を閉じるだけではなく、

あえて後ろにあったものと

向き合わなければならない時期

に来ているのだと思います。

 

後ろに押し込めてきた感情や、

忘れられてきた歴史、

置き去りにされた痛み。

 

それらを見つめ、癒やし、

手放していくことが求められているのです。

 

 

私たちの無意識と地球はつながっている

 

私たちは普段、

見ないようにしている感情を

たくさん抱えています。

 

昔の傷、怒り、悲しみ、嫉妬、罪悪感、

自分でも思い出したくない黒歴史。

 

そうしたものは、無意識の領域、

いわゆる「シャドウ」の中に

しまわれていきます。

 

私は、この世界は

フラクタルのような構造になっている

と考えています。

 

私たち一人ひとりの内側にあるものは、

社会にもあり、

地球にもあり、

宇宙にもある。

 

小さな世界と大きな世界には、

同じような仕組みが

現れているということです。

 

最近、

なかなか眠れない、

感情を抑えられない、

昔の出来事が急にフラッシュバックする、

身体の調子が揺らぐ

という方もいるかもしれません。

 

それは、これまで

内側に押し込めてきたものが表に現れ、

もう一度見つめ直すタイミング

に入っているからかもしれません。

 

ただし、眠れない、気分が落ち込む、

体調が悪いといった状態が続くときは、

スピリチュアルな意味だけで判断せず

医療機関や専門家へ相談してくださいね。

 

現実的に自分の身体と心を守ることも

とても大切な「足元を整える」行動です。

 

 

土地に蓄積されてきた記憶

 

土地には、長い歴史があります。

 

そこに暮らしてきた人々の

喜びや悲しみ、争い、災害、祈り。

 

そして、

歴史の中で起きたさまざまな変化を、

土地はすべて記憶しているように

私は感じます。

 

昔の日本人は、

土地の神様に対して、

自然に敬いの心を持っていました。

 

「この土地で暮らさせていただいて、

ありがとうございます」

「私たちの思いや感情を受け止め、

古いものを浄化してくださって、

ありがとうございます」

 

そのように感謝しながら、

土地と共に生きてきたのです。

 

けれども現代では、

土地の神様や自然への感謝を

意識する機会が、

以前に比べて少なくなってきています。

 

便利さを追い求める一方で、

自分がどのような土地に立ち、

何に支えられて生きているのかを、

私たちは忘れがちになりました。

 

だからこそ今、

見ないようにしてきたものを見つめ、

敬いの心を取り戻す必要が

あるのではないかと思います。

 

私たちが棚上げしてきた問題は何なのか。

自分の心の中に、

置き去りにしている感情はないか。

 

誰かへの怒りや悲しみを、

なかったことにしていないか。

 

一人ひとりが自分の内側を見つめ、

ヒーリングし、

少しずつ解放していくことによって、

集合無意識も軽くなっていきます。

 

もちろん、私たちの感情が

地震や台風を直接発生させる

という意味ではありません。

 

自然災害への備えを

しっかり行ったうえで、

こうした出来事を、

自分自身や社会の在り方を

見直す機会として受け止めることが

大切なのだと思います。

 

 

日本の国の魂は「祈り」でできている

 

今起きていることを

日本という大きな単位で見てみると、

私は「国の魂」が

私たちを揺り起こしているように

感じます。

 

国にも、その国ならではの

魂の性質があります。

 

そこに暮らしている人々の

思いや祈りが一つに集まり、

その国独自の精神性や

エネルギーを形づくっていくのです。

 

日本という国の魂を考えたとき、

その中心にあるのは、

やはり「祈り」だと思います。

 

もちろん、祈りは

日本だけのものではありません。

フランスにもアメリカにも、

それぞれの国に祈りの文化があります。

 

けれども、

日本人が受け継いできた祈りには、

独特の深さがあります。

 

山や海、川、木、石、火、風など、

森羅万象の中に神様を感じ、

日々の営みの中で感謝を伝える。

 

自分の願いだけではなく、

国の安寧や人々の幸せ、

五穀豊穣を祈る。

 

日本人は、

見えないものに敬意を払い、

祈りを通して自然や神様、

ご先祖様とつながってきました。

 

日本には現在も天皇制があり、

天皇陛下は国民の安寧と平和を願い、

日々祈りを重ねておられます。

 

日本という国は、

こうした祈りの継承によって

支えられてきたともいえるのです。

 

祈りは、

ただ願い事をかなえてもらうためのもの

ではありません。

 

自分の意識を整え、

今ある命に感謝し、

すべてが良い方向へ進むように

心を合わせること。

それが祈りの本質なのだと思います。

 

 

「祈りが足りないから地震が起きた」のではない

 

ここは、とても大切なところなので、

誤解のないように

お伝えしたいと思います。

 

今回の地震は、

日本人の祈りが足りなかったから起きた

ということではありません。

 

地震が起きたことを、

誰かのせいにしたり、

被災された地域や

そこに暮らす方々の在り方と

結びつけたりすることは、

決してあってはならないと思います。

 

そうではなく、国が大きく変わり、

これまで隠れていたものが開かれ、

古いものが新しく生まれ変わろうとする

転換期だからこそ、

今の私たちに必要なのが

「祈り」なのです。

 

祈りによって、

破壊へ向かう流れを

再生へと向けていく。

 

恐れによって分断されるのではなく、

祈りと助け合いによって

人々がつながっていく。

 

古い思いや重たい周波数を解放し、

新しいエネルギーを迎え入れていく。

 

そのことを、今、

上から強く伝えられているように

感じます。

 

『布瑠の言』には、

「布瑠部、由良由良と布瑠部」

という言葉があります。

 

「振る」という働きによって

魂や生命力を活性化させ、

古い状態から新しい状態へ

移り変わらせていく。

 

今はまさに、

古いエネルギーを振るい落とし、

新しい日本へと生まれ変わるための

大切な転換期なのだと思います。

 

 

国之常立神が伝える「足元に戻りなさい」

 

このような時期に、

強く動いてくださっていると感じる

神様がいらっしゃいます。

 

それが、国之常立神です。

 

国之常立神は、

天地が開かれていくときに

現れたとされる神様で、

国土の土台を支える大地の神様

ともいわれています。

 

国之常立神は、

優しく慰めるだけの神様というよりも、

「もう分かっているのなら、

きちんと行動しなさい」

「自分の役割を果たしなさい」

と、私たちの成長を

厳しく促してくださるような神様です。

 

その国之常立神から、今、

強く伝えられていると感じるのが、

「自分の足元に戻りなさい」

というメッセージです。

 

私たちは日々、焦ったり、

嫉妬したり、人と比べたりしています。

 

今の自分より、

もっと上へ行かなければいけない。

もっと成功しなければいけない。

もっと遠くへ進まなければいけない。

 

そのように

遠くや上ばかりを見ていると、

自分の足元にある大切なものを

忘れてしまいます。

 

では、足元とは何でしょうか。

それは自分の身体であり、心です。

自分の家であり、家族です。

自分が暮らしている土地であり、

ご先祖様であり、

氏神様や土地の神様とのつながりです。

 

地震が起きたとき、

私たちは強制的に足元を見ます。

 

家は大丈夫だろうか。

家族は無事だろうか。

自分は今、どこにいるのだろうか。

避難経路は確保できているだろうか。

水や食料、薬、充電手段は用意できているだろうか。

 

地震は、

当たり前だと思っていた日常が、

決して当たり前ではなかったことに

気づかせます。

 

国之常立神は、

「遠くに答えを探す前に、一番大切なものを整えなさい」

「もういい加減、自分の足元を見なさい」

と、私たちに伝えてくださっているように感じるのです。

 

 

命の根っこであるご先祖様とのつながり

 

足元を整えるうえで、

もう一つ大切なテーマが、

ご先祖様とのつながりです。

 

ご先祖様は、私たちの命を

ずっと継承してくださった存在です。

 

今、自分がここに生きているのは、

数え切れないほど多くの命が

途切れることなく受け継がれてきたからです。

 

ご先祖様は、いわば私たちにとって

最初の神様であり、命の根っこです。

 

その根っこを意識しなくなると、

私たちの心や身体は

不安定になりやすくなります。

 

自分が何者なのか、

どこから来たのか、

何に支えられているのかが

分からなくなってしまうからです。

 

もちろん、

お墓参りに行けない方もいるでしょう。

 

ご先祖様が誰なのか、

詳しく分からないという方も

いると思います。

 

そのような場合でも、

難しく考える必要はありません。

 

「命をつないでくださって、

ありがとうございます」

「私たちが必要な備えを行い、

この国が守られますように」

 

そのように

心の中で祈るだけでもいいのです。

 

大切なのは、

命が自分一人だけのものではなく、

多くの存在から受け継がれてきたものだと

思い出すことです。

 

そして、

家族と防災について話し合うことも、

立派な祈りの行動です。

 

避難場所はどこなのか。

離れているときには、

どのように連絡を取り合うのか。

誰が何を持ち出すのか。

高齢の家族や子ども、

ペットをどのように守るのか。

 

祈りと現実的な備えは、

どちらか一方ではありません。

祈ったうえで備え、備えたうえで祈る。

その両方が大切です。

 

 

古い日本から、新しい日本への生まれ変わり

 

これから日本が進んでいく方向を

考えたとき、今回の出来事は、

古い日本から新しい日本への

生まれ変わりを象徴しているように感じます。

 

日本は、祈りの国でした。

ところが便利さや効率、

経済的な豊かさを追い求めるあまり、

祈りの国であったことを、

私たちは少しずつ忘れてしまいました。

 

祈りの国であるということは、

決して現実を見ず、

神様にすべてを委ねる

という意味ではありません。

 

ご先祖様に感謝する。

命への敬意を取り戻す。

誰も見ていないところでも、

神様が見ていると思って誠実に生きる。

自然の至るところに神様を感じ、

土地を大切にする。

 

そうした精神性を持ちながら、

現実の社会をつくっていくことです。

 

世界とつながりながらも、

この土地に宿る神様を忘れない。

 

経済を動かしながらも、

人の命や心を置き去りにしない。

 

災害をただ恐れるのではなく、

祈りと助け合いによって乗り越えていく。

 

それが、これからの新しい日本に必要な

在り方ではないでしょうか。

 

 

人口減少や円安の時代に必要な「調和」

 

これからの日本について、

現実的な問題も

見ていかなければなりません。

 

人口は減少し、地域によっては

支え手が少なくなっています。

 

円安や物価の変化によって、

暮らしへの不安を感じる方も増えています。

 

だからこそ、これからは、

誰か一人だけが頑張る社会ではなく、

みんなが協力しながら生きていく社会を

本気でつくっていかなければなりません。

 

そこで大切になるのが「調和」です。

 

ただし、調和とは、

自分の意見を押し殺して

周りに合わせることではありません。

 

一人ひとりが、

自分の考えや役割を大切にする。

そのうえで、相手の違いも認める。

 

助けが必要なときには

「助けてください」と言い、

誰かが困っているときには、

自分にできる範囲で手を差し伸べる。

 

違いを争いの理由にするのではなく、

それぞれの力を持ち寄って

新しいものを生み出していく。

 

そういう調和が、

これからの日本には必要なのだと思います。

 

地震のような出来事が起きたとき、

私たちはその大切さを改めて思い出します。

 

遠く離れた場所に住んでいても、

被災地の無事を願い、

必要な支援を考え、

心を寄せることができる。

 

日本人が本来持っている

祈りと助け合いの力を、

今こそ取り戻していくときなのです。

 

 

不安をあおる情報から離れる

 

こうした時期に、

特に気をつけていただきたいのが、

不安をあおる情報です。

 

「何月何日に大地震が起きる」

「次はこの場所が危ない」

「大きな災害が必ず起こる」

 

そのような根拠の不確かな情報を見続けると、

不安のエネルギーがどんどん高まっていきます。

 

私は、具体的な日付を挙げて

「この日に地震や火事が起きます」

といったことを、

軽々しくお伝えしてはいけない

と思っています。

 

不安な情報を投げかけると、

受け取った人たちの恐れが膨らみ、

それがさらに重たい空気を

生み出してしまうからです。

 

必要以上にインターネットやSNSで

都市伝説の情報を探し続け、

「どうしよう、どうしよう」

と自分を追い詰めないでください。

 

もちろん、気象庁や自治体など、

信頼できる公的機関の情報を確認し、

必要な備えをすることは大切です。

 

しかし、

根拠のない予言に

心を支配される必要はありません。

 

不安ばかりを見ていると、

不安につながる戸が開いていきます。

 

けれども、祈りへ意識を向ければ、

祈りにつながる戸が開いていきます。

 

どちらの戸を開くのかは、

私たち一人ひとりの選択なのです。

 

 

今、私たちにできること

 

今、私たちにできることは、

決して難しいことではありません。

 

まず、自分と家族の安全を守ること。

水や食料、常備薬、ライト、

携帯電話の充電手段などを確認すること。

家具の転倒防止や避難経路を見直すこと。

正確な情報を確認し、

根拠のない情報を拡散しないこと。

被災地の方々に心を寄せ、

自分にできる範囲で支援すること。

そして、静かに祈ることです。

 

「どうか皆様が守られますように」

「必要な助けが必要な場所へ届きますように」

「これ以上、被害が広がりませんように」

「この出来事が、破壊だけではなく

再生へとつながりますように」

 

祈りは、

何もできない人がするものではありません。

祈りによって自分の心を整え、

必要な行動へ向かう力を取り戻すのです。

 

恐れに飲み込まれず、冷静に備える。

周りの人に優しく声をかける。

自分ができる支援を行う。

祈りは、そのような

現実的な行動と結びついてこそ、

大きな力になっていきます。

 

 

祈りの戸を開き、日本人の精神性を取り戻す

 

今回の地震という出来事を通して、

私たちはもう一度、

自分の内側にある後ろ戸を見つめる必要が

あるのだと思います。

 

見ないようにしてきた感情はないか。

大切な人との関係を後回しにしていないか。

身体からのサインを無視していないか。

家族との防災の話し合いを

先延ばしにしていないか。

ご先祖様や土地への感謝を忘れていないか。

遠くや上ばかりを見て、

自分の足元を置き去りにしていないか。

今こそ、一度立ち止まり、

自分の足元へ戻ってください。

 

そして、自分の中に

祈りの力を復活させてください。

 

祈りは、恐れを消して

現実から逃げるためのものではありません。

現実をしっかりと見つめながら、

破壊ではなく再生を選ぶ力です。

分断ではなく助け合いを選び、

無関心ではなく思いやりを選ぶ力です。

 

日本人が本来持っている

祈りの精神性を、

私たち一人ひとりが思い出していく。

 

その意識が集まったとき、

この国の魂もまた、

本来の明るさと強さを

取り戻していくのだと思います。

 

どうか今、不安の戸ではなく、

祈りの戸を開いてください。

 

被災された皆様の安全と、

一日も早い復旧を心よりお祈りいたします。

 

そして、この大きな転換期に

必要な愛と光、

助け合いのエネルギーが、

日本中へ広がっていきますように。