こんばんは、深山美希子です。
先月、「現代数秘講座(ベーシック)」3期の皆さんが無事に修了されました。
今期からすべてオンラインの講座にさせていただいていまして、直接お会いできない分、個別フォローや録画データでの復習体制をご用意してみたのですが、皆さんがそれぞれしっかり取り組んでくださって、最終回の著名人リーディングもとても素晴らしかったです!(密かに感動しました・・・涙)
受講生が想いを込めて書き上げたリーディングの数々を私が独り占めするのもと思い、ブログにて掲載させていただくことにしています。
リーディングを通して、「数秘というツールを使えるようになると、こんな風に人と向き合うことができるよ!」ということが少しでも伝わればうれしいです。
今回は、建築家の安藤忠雄さんのレポートをお届けしますね。
公式HPよりお借りしました。
<数秘で読み解く「安藤忠雄」>
・安藤忠雄(あんどうただお)
・1941年9月13日生まれ、大阪市港区出身
・プロボクサーから独学で建築を学び建築家になった異色の経歴の持ち主で、日本が誇る世界的建築家
▼バースナンバー:19-10-1
(「深層意識」を暗示するナンバー。生まれ持った資質・性格・個性、生きる姿勢や才能、潜 在能力を表す。 )

1は万物を生み出す創造のエネルギーをまとった数字、独創性、行動力、自己主張、開拓精 神などがキーワードになります。
「仕事とは、生きることとは、"闘い"。その闘いにおいては、私はずっと『暴走族』でありたい」自分で『こうするんだ』と決めたら、そこに向かって突っ走る暴走族。
多少の障害物 があっても強引に突き進みますから、嫌われますよ。仕事で10人の関係者がいたら7人くらいは私のことを疎ましく思っているんじゃないかな。それでも暴走します。
言いたいことは言って、やりたいことをやらせてもらいます。いつかクラッシュするでしょうが、そのときはそのときです」
という言葉からもわかるように直感を信じ、圧倒的な独創性を発揮し、その自分が信じた道や目標に突き進む。
自然とリーダー的役割を担い、その方法は自分の道 を行く姿を見せる事で見た人が付いていくという旗振り的なリーダー。というまさに1を 色濃く感じる生き方を見ることができます。
また1は感受性が豊か、意志が強い、短所では短気という面があり、意志が強く、クライアントの要求でも、ここぞという時には譲らない強い意志や幼い頃はけんかばかりしていて、 身勝手で人の意見を聞かなかったと本人も言っている通り、個というのが絶対的ではっきりしていらっしゃるのも見て取れます。
・産業廃棄物のシンボルとさえ言われた豊島の再生瀬戸内オリーブ基金
カルミックナンバーに10を持ち、この10を持つ人はインスピレーションに導かれオリジナル性のある人道的支援や多くの人に癒しを与えると言われています。
産業廃棄物のシンボルとさえ言われた豊島の再生と共に、瀬戸内の自然保護を目指して始めた<瀬戸内オリーブ基金>などのいくつもの市民参加型植樹運動をしており、そのことについて、「植樹活動の本当の意味は、植える事自体ではなく、植えた後、木を育てるプロ セスにこそある。環境とは与え、与えられるものではない、育ち育てるものである。その苦労を通じて、環境をかえる事が、自分達自身を変えることだという事に気づく。そしてこの苦労と感動を、もっとも多感な子供たちに体験してほしい。」と述べており、単なる環境問題の対症療法ではない、子供たちの未来を育む一歩として植樹活動を捉えてらっしゃる事がわかります。
この事からも安藤忠雄さんのオリジナルで大きな視点にたった地球を癒し、 子供たちの生きる力までをも支援している事が読みとれます。
▼デスティニーナンバー:3
(人生における使命や目的、何を実現していくべきかを告げるナンバー)

年齢を重ねるうちに発揮しやすくなり、とりわけ職業において強く発揮されるナンバーと言われている。
3が持つキーワードには、楽観性、持続、忍耐、知性、感性の豊かさ、情熱。
あるインタビューで「連戦連敗の日々を送っていても挑戦し続けるのが、建築家という生き方だ。あきらめずに精一杯走り続けていけば、いつかきっと光が見えてくる。その可能性を 信じる心の強さ、忍耐力こそ最も必要な資質だ」と述べており、希望を失う事なく、忍耐強く、情熱的に挑戦し表現しつづける安藤忠雄さんの生きる姿勢には3のもつそれらすべてが感じられる。
インタビューの記事などを読んでいると、傍から見ているとさぞかし大変だ ろうと思う事も、ユーモラスに面白おかしくお話され、3の明るくてユーモラス、場を明るくされるそんな力をお持ちであることを感じます。
また、ナンバー3のミッションは精神的な喜びを人に与え、ライトワーカーになり人々の「光」になることと言われている。
安藤忠雄さんが手がけて今年オープンした「子ども本の森 中之島」は文化を育てるには相応の時間と労力が必要、だからこそ本を自由に夢中になって読み次の世代が勉強できる環境を用意しなければならないという思いで安藤忠雄さんが企画、設計、建設し、建物を寄贈する形で実現した施設。
そして、完成後の蔵書の準備運営は市民からの寄付で行われている点からもまさに自分自身が光になり、人々に喜びを与えるというライトワーカーとしての使命を果たしていらっしゃると思います。
そして、その光は何より、安藤忠雄自身が述べているように「私にとって光は、建築の中に入ってくる光だけじゃない。希望の象徴なんです。この光を私はひたすら追いかけてやってきた」だからこそ生まれたものである。と感じます。
▼ソウルナンバー:15-6
(1番大切な価値観、優先したいこと、自分の心の奥底にある魂の欲求)

6は真善美、愛、理想、調和、芸術的才能、人を育てるがキーワードのナンバー。
「自分を育ててくれた大阪の街に恩返しがしたい」 またある時は、心のあり様について「近所に対する愛情、生き物への愛情。あらゆるものに対して愛情がないと乗り越えていけない。生きていくためのモチベーションは愛情だと思うんです」と語っている。
この事からも深い故郷への愛、万物への愛が原動力になっていらっしゃるのがよくわかります。
安藤忠雄さんは生まれてすぐに祖母の養子になり、祖母に育てられている。
芯の通った祖母 から厳しくも愛情深く育てられ、そのことに深い感謝を示していらっしゃいます。
祖母との家族愛、実母家族との家族愛を経験なさった事が想像されます。
安藤忠雄の代表的な建築の一つに「表参道ヒルズ」や「ベネッセハウス ミュージアム」 があります。
「表参道ヒルズ」の設計にあたっては、歴史ある表参道の景観と環境との調和をどのように保つかを考え、地上部分を 3階と低く抑え、建物ボリュームの過半を地下に埋設し、さらにケヤキの並木の高さと建物を同程度に低く抑えることによって、景観を崩さず、豊かな自然 を取り込む設計になっている。
「ベネッセハウス ミュージアム」はベネッセアートサイト直島の中核施設として1992年に開館したミュージアムである。「自然・建築・アートの共生」をコンセプトとしており、 大きな開口部から島の自然を内部へと導き入れる構造が特徴的な設計となっている。
この二つの建築からも安藤忠雄が自然との調和、景観、さらには文化との調和を大切にしている事、水が高い所から低い所へ流れていくかのように無駄がなく、淀みがない自然の理と美を活かしたまさに真善美を備えた建築を芸術まで昇華し体現しているように思える。
また建築家としての様々な経験と実績を買われ、東京大学でも教鞭をとるだけには、とどまらず、自分の事務所で「サマースクール」と称し、学生に体験学習の場を提供し、後進を育てる活動も未来を担っていく学生を社会の財産として守り育てていかないといけないという思いからなさっていて、これも人を育てるという6の力を発揮しているように思えます。
▼パーソナリティナンバー:6
(社会的な仮面、他者の目に映るその人の表面的人格)

ソウルナンバーとも共通する数字をお持ちで、自分が大切にしたい価値観を体現してきた結果、それがそのまま Personalityにも表れていらっしゃるのかなと思います。
現実的な仕事や表面にあらわれている特質が合致しており、建築家の仕事がまさに天職で あったことがうかがえます。
生まれ変わったらもう一度安藤忠雄に生まれたいですか?という問いに対して、これ以上もこれ以下も望まない。という言葉が実に象徴的です。
学生を親身になって育て、家庭では、事務所を奥様と一緒に運営し、どちらが欠けても運営できないとおっしゃっている言葉からも堅実で、優しく、家族思いの一面も見る事ができます。
▼リアライゼーションナンバー:4
(今回の人生で目指す人生の到達点を表すナンバー、その可能性や実現性を示す)

4 という数字が持つ特徴として、秩序や法則・安定を求めるや物事の基盤を作るという意味、それから忍耐力、実直、勤勉という言葉も内包するナンバーです。
安藤忠雄さんは独学で建築を学んでいる。
高校卒業後建築系の大学で用いられる教科書を買い集め、これを1年で読破する計画をたて、アルバイト先でも昼ごはんも食べず一心不乱に勉強し建築に必要な事を実務経験を積みながら学んだという。
その結果、2級建築士も1級建築士も1度で合格。
すごい集中力、勤勉、忍耐力を感じるエピソードである。
数々の建築を作る事で社会の基盤をも作ってきたその仕事ぶりは公的使命を全うしていると言える。
▼ステージナンバー:7
(その人が活躍するステージを表すナンバー、その人に与えられている舞台、輝く場所)

独創性、精神世界の探究、究める事。 7はスペシャリスト、職人気質のナンバー。
興味のある分野をどんどん掘り下げていく、極めていく能力に長けていると言われています。ストイックに妥協せず次から次へと建築を世の中へ生み出す独創性と極めていく環境というのはまさに天が采配した適したステージにいらっしゃるように思います。
▼チャレンジナンバー:6
(今世で挑戦し乗り越えようと設定してきているテーマ)

6は周囲の人への奉仕、サポートをし、社会貢献をする事を設定してきていると言われて いる。
阪神・淡路大震災で亡くなった方の鎮魂と震災の教訓を忘れないために春に白い花を咲かせるモクレンやコブシの苗木を植樹する活動「ひょうごグリーンネットワーク」の設立を初め、多くの人道支援をなさっている事から6のミッションを見事成し遂げていらっしゃいます。
▼ネイチャーナンバー:13-4
(素の自分を表すナンバー)
▼アクションナンバー:1
(行動特性を表すナンバー)
個性や行動特性を示すデイナンバーは、Birth Numberと共通しておりさらにその特性が顕著にあらわれると思われる。
ここまで見てきた通り、パイオニア精神、独創性、自己主張、1の特質を表すこの言葉は安藤忠雄さんの生き方そのもののように思える。
▼その人の特質を知る事ができる TypeⅡと TypeⅢ
強みや才能を示し、それをどういう方法 で生かすべきかを教えてくれる重要な手がかりとなるものと言われている。
Growth6、Maturity1、Lead4、Intelligence5、Balance-8で豊かな才能を持っている事が感じられる。
ここでは特に突出するGrowth6とMaturity1を取り上げてみたいと思います。
Growth(魂の成長意欲、成長の方向性)は6で人、環境、全ては経験という学びの為に存在すると受容の気付き、あるがままの受け入れが魂の成長意欲へつながる事を示している。
安藤忠雄さんは、若かりし頃、独学で書籍からも沢山学んでいるが、建築家を志した時から日本の各所を皮切りに、世界中の古今東西の建築を自分の目で見て廻っている。
その事からも本や伝聞では伝わらない自ら体験し、学びを得ることが魂の成長につながっていることが示されています。
Maturity(集合意識をどれだけキャッチしやすいか)は1で解放を求める心理とシンパスしやすいと言われ既存打破の統率などにつながりやすいエネルギーをもっている。
60年代の公害、自然破壊、歯止めのない郊外の開発事業など高度経済成長期の矛盾に、60年の終わりにに大阪に小さな事務所を開き、建築という職業をもって社会の理不尽に抵抗していく、自分なりの闘いを始めたと言っている。
そうした思いを始まりの時からもっていたこそ、数多くの一つの例に過ぎないが、産業廃棄物の島 豊島を緑の島に再生するオリーブ基金に多くの賛同者を集め、現状を打破し、統率してきたことを考えるとこうしたエネルギーと深くつながっている事を感じます。
安藤忠雄さんは、豊島の自然を再生させることを目的をしたオリーブ基金立ち上げや、前述のこども本の森の活動を始め、数々の支援事業にも取り組んでおり、社会貢献し続けている。
安藤忠雄の様々な支援活動などもこうしたエネルギーとつながっているのかもしれません。
TYPE Ⅲ
Balance -8 (資質の在り方)
後天的にたくさんの資質を経験によって得るという事を示している。
生まれてすぐに母型の祖母の養子になった事、ボクサーとしての経験、それから海外へ放浪の旅に出て自分と向き合い、独学で試行錯誤しながら建築を学ぶなどすべてが必要な経験 でそれをいかした人生のように思える。
「学歴も社会基盤も、特別な才能もない。困難ばかり。そういう人間ですから、ひたすら全力で生きるしかなかった」とおっしゃており、この言葉がすさまじい経験を重ねながら生きてきた事を象徴しているように感じます。
▼サイクルから安藤忠雄さんの人生の流れを読み解く
▽0歳から35歳
・Major Cycle:9(どのようなことを学ぶ時期かを表す)
この時期の9のサイクルは様々な経験をさせられある意味精神的にも大変な時期と言われている。
後天的に沢山の経験によって資質を得る事を示すバランスが-8、さらにこうした経験で魂が成長する事を表すGrowth6 もお持ちな事と、この時期に同じように精神的にも大変に感じる様々な経験をする期間がであった事は考え合わせると、この期間の経験が、安藤忠雄さんの資質・才能を磨いたと考える事もできるし、苦しくとも沢山の経験によって成長し、才能を磨くというのが安藤忠雄さんの資質でもある事がよくわかります。
先にも書いたように、安藤忠雄さんはプロボクサーから試行錯誤しながら一心不乱に独学で建築家になる。
共に学び、意見を交わす友人もおらず、自分がどこに立っているのか、正しい方向に進んでいるのかさえわからない不安や孤独と闘う日々が続いたと回想しており、このことからもどれほどの経験や心の葛藤があったのかと思わずにはいられない。
・Pinnacle Number:4(どのような環境や状況に身を置くかを表す)
4は基盤、プロセス、形成がキーワードの時期。
Realization numberとも共通しておりより色濃く反映され、まさに夢や理想の基盤作りの状況であった事が推測される。
・Challenge Number:5(課題として持ち上がりやすいテーマ)
5の内面の自由、困難に負けずに乗り越えていくのがテーマ。
あきらめずに精一杯走り続けていけば、いつかきっと光が見えてくる。その可能性を信じる心の強さ、忍耐力こそ最も必要な資質だ。とご本人も述べており、この時期からこのテーマ にチャレンジしてきたのでしょう。
〜Year Cycle(1年毎の流れ・主な出来事)〜
36歳までは二桁周期。やはり戦時中に生まれ、貧困や焼け跡からの復興など自分ではどうすることもできない環境にあった事が想像されます。
1941 年 0 歳 #16-19<誕生>
大阪市港区で生まれる。生まれてすぐに一人娘だった母親の実家を継ぐため、祖父母の安藤家の養子となる。大阪の下町にある長屋で育ち、その環境は人格形成にも大きな影響を与え ている。
創造、唯一無二の1と10の年に誕生
1958 年 17 歳 #18-18<様々な経験>
プロボクサーライセンスを取得し、フェザー級でデビュー。
しかし、ファイティング原田の練習を見て、身体能力の桁が違うとその才能に圧倒され、1年半ほどで引退。
1965 年 24歳 #18-25<内省と飛躍>
海外へ一人で放浪の旅に出る。
建築を見ながら自分自身と対話する。まさに歩きながら考えるという日々。 この旅は建築士としてのキャリアに大きな影響を与えたものであったと後に語っている事からも内省と視野を広げる事が後の飛躍につながった事は想像に難くない。
1969 年 28 歳 #19-20<完成予想図を描く>
安藤忠雄建築研究所設立
設立当初は仕事もなく、「こんなものを作りたい」と夢想する日々だったと後に語っている。
1976 年 35 歳 #19-27 <次のステージへ>
出世作である「住吉の長屋」を作り一躍有名建築家となりました。
▽36 歳から 53 歳
・2nd Major Cycle:13-4
4は結果が現象化し、それを軌道修正し、リスタートを切る時期。
安藤忠雄さんのこの時期に入ってすぐに「住吉の長屋」を作り、そしてそれが評価され、建築家としての頭角をあらわし始めた。13は常識やルールに囚われた基盤を壊し自分だけの基盤を作るナンバーともされ、この期間の安藤さんの活躍を見るとまさにそれを体現なさっている事がわかる。
・Pinnacle Number
36 歳から 44 歳:10-1
1は創造、はじまり、構想を練るなどが適した環境。
Birth Number とも重なり、数々の斬 新な建築を設計し世に出しており、構想を練っては形にするという時だったのではないか と思います。
45 歳から 53 歳:5
5は変化、新しい風をとりいれていこうという環境。この時期は建築のみならず、海外の大 学の客員教授を歴任したり、アメリカのニューヨーク近代美術館やフランス・ポンピドゥー センターで日本人として初めて個展を開いたり、新たな境地を切り拓いている。
・Challenge Number
36 歳から 44 歳:2
協力・協調・受容・パートナーシップ
建築は施主、施工会社など様々な人とのパートナーシップが欠かせない。予算をはじめ条件の制約もあり、仕事が軌道に乗ってきたこの時期はこうした事の調整の連続だったことがうかがえる。
45 歳から 53 歳:3
3のこの時期のチャレンジは表現、自分が光となり伝える事が読み取れる先に述べたようにこの時期からアメリカのイエール、コロンビア、ハーバード大学など数々の大学の客員教授として招聘されており、自分の経験を伝え、後進の育成に力を入れてはじめている。どれだけの学生が大きな刺激を受けたことだろう。
〜Year Cycle〜
37歳になってようやく二桁周期から一桁周期が始まります。 ようやく自分の人生を自分で動かせる時期になってきたと言えます。
1977 年 36 歳 #19-28<現状打破>
「ローズガーデン」
街が培ってきた歴史や文化を顧みず大規模開発が続く高度成長期の中にあって、その事に 疑問を持った安藤忠雄さんが、土地の個性を生かした設計にしたいという思いを込めた作品。
1979 年 38 歳 #2-3 <開花>
「住吉の長屋」で日本建築学会賞を受賞
1983 年 41 歳 #2-6<調和>
六甲の集合住宅
六甲の自然、地形と調和した住宅
1986 年 44 歳 #2-9
風の教会(六甲)
1989 年 47歳 #3-3<感性・出会いを楽しむ>
同年 7 月に大阪・茨木に暗闇を十字で照らす光の教会が完成
アメリカ・ハーバード大学客員教授
多くの研究者、学者と出会い刺激を受けた。
1991 年 50 歳 #3-6<審美眼>
アメリカ・ニューヨーク近代美術館で日本人として初めての個展。全てが初の試みであったが冒険・挑戦することが得意な安藤忠雄さんにとっては、今まで建設した建物と図面や模型を展示するかけがえのない貴重な経験となったに違いない。
1992 年 51 歳 #3-7<精神の探究>
直島のベネッセハウスが完成
荒廃した島を芸術の島へという思いのもと作られる。芸術を通じて「よく生きるとは?」を考える場にもなってほしいと思いがつまっている。
1993 年 52歳 #3-8 <達成>
日本芸術院賞受賞
ナンバー8 は、物質的な成功だけではなく、内面の豊かさと、それを循環すること、というテーマもあるので、この河合さんの答えはまさにそれを表現しているとも言えます。
フランス・ポンピドゥーセンターにて、日本人として初めての個展を開く。
▽54 歳から現在
・3rd Major Cycle :6
・Pinnacle Number:6
調和、美、自己回帰
ここでコアナンバー(Soul と Personality)とチャレンジナンバーにもある6がメジャーサイクルとピナクルナンバーにでてきます。まさに6の集大成の時期と言えると思います。
6は、調和、芸術、盛んな人との交流、自己回帰などがキーワードのナンバー。
54歳から始まったサイクルも6で6のミッションを実践し、実現するサイクル。
安藤忠雄さんは文化人から建設を支える職人さんまで多くの人と交流を深めている。
また、文化人に声をかけ自らが発起人の一人となって支援事業を行ったり、行政側から依頼を受け、総指揮を執るなど、様々な形で支援、サポートする場も広がっていっている事がこの後紹介する year cycle で見る出来事でも確認する事ができる。
40歳以上の6は自己回帰の時期と言われており、多くの交流や自身の闘病生活を通して自分自身がどうしたいのか?という事に立ち返る事も多かったのではないでしょうか。
この時期の代表作の淡路夢舞台、今年オープンした「こども本の森 中之島」など自然と調和、文化との調和、人の調和なども考え抜かれた建築を世に送り出し続けている。
・challenge Number:3
Destiny Number も同じ3番でさらに、好奇心、楽観、忍耐、成長、ライトワーカーがキーワードのナンバー。
今年のある新聞のインタビューで安藤さんは次のように述べていらっしゃいました。
「緊張感を維持できなくなったら、引退しようと思います。物事うまくいかない時のほうが、かえって気持ちも体調もよい。よし、また越えてやると思うから。仕事をしようとしたら、必ず壁にぶち当たる。でも、壁の向こうにどんな面白いことがあるか。その好奇心があれば、乗り越えられます。」
79歳になっても好奇心や希望を失わずそして忍耐づよく挑戦しつづけている事が感じられる記事です。
さまざまな人という宝を輝かせるための箱として、あらゆる試行錯誤を重ねて建物をつくる。それが建築なのだと安藤忠雄さんはいう。
そうした建築を作っていき、人々が喜び、輝く場所をこれからも命ある限り作り続けていくことでしょう。
〜Year Cycle〜
1995年 53 歳 #3-9<再生>
1 月 17 日に阪神淡路大震災が起こり神戸の復興の為に支援事業に奔走
1997 年 55 歳 #3-11<直感と決意>
東京大学工学部建築学科教授に就任
就任するにあたっては大学という未知の世界に興味はあったが、家族から大反対を受けた という。迷ったあげく、一緒に勉強するための教授就任!と決断したという。
1999 年 58 歳 #4-5<革新>
淡路夢舞台
光の教会
2000 年 59 歳 #4-6<調和と共生>
中坊公平さんと共に瀬戸内オリーブ基金を設立
失われた緑豊かな環境を取り戻す事で、瀬戸内を人と自然とが共生する美しいふるさとと して次世代を生きる子供たちに何とか残していきたいという思いで設立。
2009 年 68 歳 #5-6<家族の愛>
十二指腸に癌が見つかり、9 時間に及ぶ大手術
一日一日を精一杯生きようという思いを強くすると共に、支えてくれた家族へ感謝の気持 ちを深めていらっしゃり家族への愛を再認識。
5周期、まだまだチャレンジの日々が続く
2014 年 73 歳 #5-11<理想に向かう揺るぎない意志>
膵臓・脾臓に癌が見つかり手術
クラーク美術館完成
2016 年 75 歳 #5-13<新たな基盤作り>
東京オリンピック招致委員会理事、オリンピックデザイナー総監督に就任
2020 年 79 歳 #6-8<思いと還元>
「こども本の森 中之島」が開館
安藤忠雄さんは、先に述べた子供たちへの思いと仕事で得た利益はできる限り社会に還元 したいという思いから私財を投じ建築し開館した。
▼リーディングを終えて
安藤忠雄さんの建築を見に行ったり、本を読み始めたのは振り返ればなんと今から約20年も前(笑)。
自分が夢に向かって頑張っていて挫けそうな時、仕事を進める中で壁にぶつかった時、子供を授かり未来を担う子供たちに大切な事って何だろう?生きる力って何だろう?と考えた時、自分が置かれている環境や悩みによって心に響く言葉の強さは違うけれど、私にとって、安藤さんの建築と言葉は自分を整える場所でもありました。
そして今、安藤忠雄さんのリーディングを進めていく中で何が今の自分に響いてくるのだろう。
そんな思いから安藤忠雄さんをリーディングする事に決めました。
私は表現する事に抵抗があり、自分の言葉でリーディングしていくのは正直気が重く感じる思いもありましたが、リーディングをすすめる中で出会う数々の言葉や行動力に励まされ、気が付いたら、夢中で安藤忠雄さんに関する本を読み直し、そうした言葉が心に溢れ、当初の重苦しい気持ちも一掃され、リーディングを通して表現する事が楽しいとは言えないまでも、抵抗を感じなくなっていました。
では、なぜ表現する事に抵抗を感じなくなったのか?と考えた時に、約半年間数秘や Universal truth を学び深く自分と向き合う中で、その原因が正しい事を言わないとという気持ちや受け取る人の事ばかりを考えていた事などを自覚し、それは自分で自分に制限をかけていることに他ならない事がわかり、そういった思考を手放す事ができ始めているからこそ、今の私に必要な失敗しても困難にめげない強さや行動力そして湧き出る情熱を今回の安藤忠雄さんのリーディングを通して受け取り、それが私を後押ししてくれからだと思っています。
数字にはそれぞれの意味があり、例えば大変な苦労を得た経験から資質を得る事ができるなど真っ只中にいる時は、苦労はしたくないと思うと思うけれど、長い人生のスパンで見た時にそれはやっぱり意味のある経験ですべてはその人にあった経験・能力が用意されているのだという事もこのリーディングを通じて感じる事ができた事も大きな収穫でした。
この半年にわたる学びと安藤忠雄さんに心からの感謝の気持ちを添えて今回のリーディングを終えたいと思います。ありがとうございました。
(2020.12 S.M)
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