こんばんは、深山美希子です。
先月に、「現代数秘講座(ベーシック)」全10回の授業を終えた皆さんの、修了レポート・著名人リーデイングを順にご紹介しています。
この期は、受講生全員がHSPというクラス。修了レポートも、HSPの「深く処理する」才能が存分に活かされてるなと感じています。
今回は、日本におけるユング派心理学の第一人者である、河合隼雄さんの数秘リーディングです。
「数秘というツールを使えるようになると、こんな風に人と向き合うことができるよ!」ということを、このブログを読んでくださっている皆さんにも感じていただけたらという想いも込めて、ご紹介いたしますね。
河合隼雄財団HPよりお借りしました。
<数秘で読み解く「河合隼雄」>
・河合隼雄(かわいはやお)
・1928年6月23日生まれ、兵庫県丹波篠山市出身
・臨床心理学者・京都大学教育学博士
京都大学理学部卒業後、アメリカ留学を経て、スイスのユング研究所で日本人として初めてユング派分析家の資格を取得。
ユング分析心理学の理解と実践に貢献する。
国際日本文化研究センター所長、文化庁長官などを歴任。
▼河合隼雄さんについて
河合さんは歯科医の父親と元小学校教師の母親、そしてそれぞれに個性豊かな兄弟たち(4人の兄と弟)の中で、当時としては自由で個人主義的な家庭環境に育ちます。
河合さんが4歳の時にすぐ下の弟を亡くしますが、その後もう1人弟が生まれています。
いちばん最初の記憶は亡くなった弟と遊んでいる記憶で、5歳くらいの頃には人間が死んだらどうなるのか真剣に考えていたそうです。
兄弟たちとの交流は河合さんの人格形成に大きな役割を果たしています。
幼い頃から人一倍感受性が強く、家の中で本を読むことの好きな少年でしたが、兄や弟たちと丹波篠山の自然の中で過ごす時間が、河合さんの著作からも分かるように、鋭いだけではない、温かく豊かな人柄を作るのに大きく影響していると思います。
「子ども時代は、戦争というひどい出来事があったが、家族という意味ではめぐまれていた。しかしそのことをあまり語らない人だった」と、同じく臨床心理学者である息子の河合俊雄さんは言っています。
それは「必ずしもめぐまれない子ども時代をおくった人もいるかもしれず、自分の話をすると人を傷つけるかもしれない」という理由からで、「語ることには慎重で、相手によって語ることを変えた人」でもあったようです。
「語ることに慎重だった」のは、もちろん河合さんに深い思いやりの心があるからだと思いますが、それ以外にも、河合さんがその頃日本に取り入れようとしていたユング心理学は、夢や神話や無意識なども扱うので、当時の日本にそれをそのまま広めようとしても非科学的だと批判されることは目に見えていて、それをどうやったら日本人に受け入れられやすいか慎重に考えながら導入していった経緯があり、そういう意味でも河合さんは、本質的に「語ることには慎重」な人だったのかもしれない、という気がします。
一方で、講演などではとても面白いお話もされていて、必ずしも語ることに慎重なだけではなく、対照的な面も持っているようで、興味深く感じます。
京都大学理学部数学科卒業後、中学・高校併設の私立学校の数学教師となりますが、生徒の相談にのるうちに心理学を学ぶ必要を感じ、教師をしつつ京都大学大学院で臨床心理学を学ぶようになります。
その後天理大学講師となり、フルブライト留学生としてアメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)へ留学。
そこでユング心理学に触れ、34歳でスイスのユング研究所に留学します。
ユング派分析家の資格を取得し、37歳で帰国。
京都大学教育学部で臨床心理学の講義をするようになり、先述したように日本人に馴染みやすいユング心理学ということを考え、まずは箱庭療法という形で臨床心理の仕事に取り入れます。
その後は心理療法の仕事を続けながら京都大学教授なども務め、日本の文化や社会、日本人の精神構造について独自の視点で考察し続け、「ユング心理学」という枠に収まらないほどの幅広い著作が出版されました。
また児童文学をはじめ様々な分野の人たちとの交流もあり、独創的な思想と人間的魅力の大きさを感じさせる多くの仕事をしています。
小渕内閣の「21世紀日本の構想」懇談会の座長や文化庁長官など、政府関係の仕事もしましたが、2006年8月に脳梗塞で倒れ、意識が戻ることなく2007年7月に逝去されました。
河合さんの仕事がユング心理学の枠に収まらないとはいえ、根底にはそれがあるのだと思うし、ユング心理学は一人の人間が持っている多くの豊かな資質を引き出す入り口でもあるような気がします。
また、ユングと鎌倉時代に生涯にわたって自分の見た夢を分析し続けた明恵上人の二人を、自分の師だと河合さんが言っていた、という話もあることから、河合さんの中でユングの存在は当然ながら特別であったのでしょう。
私たちが河合さんの著作を通して受け取るものは、単なる知識体系ではなく、いわば河合隼雄さんの内的体験を通して表現されたもので、そこにはユング心理学をはじめ、非常に多くの要素があるのだと思います。
そんな要素のうちのほんのわずかですが、今回「数秘」という方向から、一人のファンという立場で読ませていただこうと思います。
▼バースナンバー: 22-13-4
(『深層意識』、生まれ持った資質・性格・個性、生きる姿勢や才能、潜在能力)
「小さい時から普通の日本人よりも合理的に、あるいは論理的に考えたりするのが好きだった」と、ご本人もおっしゃっていますが、4という数字が持つ特徴として、秩序や法則・安定を求める、といった意味があり、物事の基盤を作るという意味も持っています。
一つ一つ物事を論理的に考えることが必要な数学をはじめ、勉強全般が得意であった河合さんですが、そうした秩序や法則を求める要素に加えて、ほかにもこの数字が持つ勤勉、真面目、知識欲、などの要素も、勉強が得意だったことに大きく影響しているのではないかと思います。
しかしカルマナンバーでもある13もあり、この数字を持つ人は生きる姿勢として、古いものを破壊して新しいものを創造していく人。
それは自分自身が傷つくことでもあり、そのような経験を経て人を癒すことのできる人でもあります。
そうした人の中には、爆発的なパワーと実行力を持って高い理想を実現する、ナンバー22に向かう人もいますが、それができる人はあまり多くはなく(1%くらいしかいないとも言われています)、河合さんはその数少ない「偉業を成し遂げた人」であったのは間違いありません。
22を持つ人は、人道的な大事業ができる人ですが、そのためには目の前のことから着実に仕上げていく「わらしべ長者」の精神が必要だといいます。
息子の俊雄さんが語っているのですが、エラノス会議という世界の著名な学者たちが集まる会議で、河合さんは「わらしべ長者」の話を題材にして講演をしたこともあるそうです。
▼デスティニーナンバー: 5
(『表面意識』、人生における使命や目的、与えられた才能・個性をどう生かしていくか)
年齢を重ねるうちに認識しやすくなり、職業において強く発揮されるナンバー。
5が持つキーワードには、変化・多才・柔軟性・巧みな話術・鋭い知性・理論的分析力、などがあり、河合さんの仕事にはそれらの要素がすべて入っているように思います。
ナンバー5のミッションは「精神の自由を知性と経験で解明し、それを広く啓発していくこと」であり、職業において河合さんはまさにこのミッションを果たしてると思います。
そもそも心理学をやるきっかけは生徒の悩みを解決するためだったとおっしゃっていますが、悩みの解決は精神の自由につながります。
心理療法の現場でも、患者一人一人に深く向き合うという体験を通して、例えば不登校や家族問題などの個人の問題が、日本人や現代社会全体の問題でもあることを、かなり早いうちから広く知らせています。
そうした問題を生きた経験を通して伝えているので、そこには普遍性があり、その問題は私たち自身のこととして感じられ、さらにその中に「精神の自由」へとつながる智慧というものまで含まれているように感じます。
日本人として、私たちはこの文化の中でどう生きていったらいいか、ということを河合さんは考え続けていましたが、そのきっかけとなったのが外国での留学生活だったといいます。
5というナンバーは海外と縁のある数字でもあり、職業において強く発揮されるデスティニーナンバーにこの数字を持っている河合さんのお仕事は、外国との関わりも深いものでした。
▼ソウルナンバー:1
(『魂の欲求』、一番大切な価値観・優先したいこと)
ソウル数は、強い内的な願望を表し、それは根源的なレベルで望んでいることなので、本人も自覚していない場合があるといいます。
1は始まりの数字で、物事を生み出す創造のエネルギーを持っています。
直観的でオリジナリティに溢れ、率先して独自に新しいことを始める、というようなイメージ。
河合さんは、デスティニー5、ソウル1、という二つの強いエネルギーのある数字を持っているので、それを滞らせないために、相当に多くの仕事をする中でうまくエネルギーを循環させていたのではないか、と思います。
「超一流の高校教師になって、それを一生続けようと思っていた」と河合さんご本人もおっしゃっていますが、なぜかそうはならなかったのは、「現状打破」というこのナンバーの持つ根源的な欲求の影響があるからかもしれないと思われるし、西洋のユング心理学を独自のやり方で日本に取り入れたことも、このナンバーの「独創性」という要素からよく理解できます。
ユング心理学には「タイプ論」というものがあって、その人を見ていく時にいくつかのタイプを軸にして考えるのですが、河合さんはご自身のことを初めは「内向的思考型」だと思っていましたが、次第に「内向的直観型」と思うようになった、と言っています。
「ユング派の分析家に、これは一番多いタイプであると思われる」とも言っていて、なかなか興味深いです。
夢や無意識のほかにも易や錬金術など、ユング心理学には直観力がかなり必要とされるものがあって、もともと「合理的、論理的に考えることが好きだった」河合さんですが、ご本人が意識していないところで、ナンバー1にあるような、直観を使って何かを創造する独創性や斬新性に惹かれていたのかもしれません。
また、1は強い意志、純粋さ、やや感情過多、といった面もあり、河合さんは幼い頃から感受性が強くて涙もろいところがありましたが、自分の考えが人と違っていてもそれに流されない強さもありました。
例えば戦争中、国中が軍国主義に染まっている時でもそれに違和感を覚えていた、とか、ユング研究所にいた時も、教授を含め「ユング大先生」とやたらとユングを崇めている人に対しては、やはり違和感を感じていた、というエピソードからもその意志の強さは伺えます。
もちろんユングに対する尊敬と敬意を持っていたことは当然ですが、自分とは違う考えや態度に迎合するといったようなことは決してなかったようです。
▼パーソナリティナンバー:22-4
(『社会的な仮面』、気づかないうちに身につけてしまった第一印象、他者の目に映る表面的人格)
河合さんの場合、バースナンバー(誕生数)とも共通する数字なので、比較的持って生まれた性格がそのまま表にも表れていたのではないかと思います。
とはいえ22もある4なので複雑なところもあるとは思いますが、私個人の河合さんに対する印象は、繊細さと大らかさ、知的な真面目さとユーモア、透徹と混沌など、相反する要素が備わった「大きな人」。
ナンバー22のパーソナリティーの特徴は、「カリスマ」「達観したような少し変わり者」「ユニーク」「繊細だが大胆不敵」「振り幅が大きい」というものですが、このような特徴はすべてそのまま河合さんのパーソナリティーにも当てはまるような気がします。
基本的にはナンバー4の特徴である「内に情熱を持って実直にプロセスを積み上げる勤勉さ」という面を持ちつつも、その裏面(a-mature)の「頑固さや疑い深さ、ワーカホリック」という面があったようにも思われますが、そのような裏の面をうまく利用することができた人だったとも思います。
だからこそ22らしい圧倒的なパワーを持ったリーダーとして、日本でのユング派分析家協会の設立や臨床心理を普及させるための組織づくりなど、様々な建設的な活動を精力的に行うことができたのでしょう。
そこには個人的利益の追求などではない、ナンバー22ならではの博愛精神とも言える大きな視野があったに違いないと思います。
▼リアライゼーションナンバー:9
(『人生の到達点』、今回の人生の中で目指すもの、人生の後半期に発揮されるナンバー)
9は1から8のすべての要素が含まれる複雑なナンバーです。
ここにも「博愛」「複雑な二極性」「人道的」といった性質が見られます。
リアライゼーションにこの数字を持つ人は、多くの経験を積むことで本当の自分を理解し、そこから叡智を習得して人々を導く、ということが人生の到達点になります。
その経験の中では苦しかったりつらいこともあるかもしれませんが、そういった経験から生まれる深い慈悲心がよりその人を輝かせ、それがほかの人々を感化させるものになります。
まるでその人の人生がひとつの作品のように、生き方で人を啓蒙するような人。
「すべての人間は少なくとも一つは芸術作品を創っていて、それはその人の人生だ」ということを河合さんがどこかに書いていたことを思い出します。
そういう河合さんの人生という作品もまた、人々の心を大きく動かすものがあります。
その人生の経験から得たたくさんの智慧を、著書という形で今も受け取ることができることを幸せに思います。
「経験から得たものを示して、人々の役に立つこと」というテーマは、デスティニーナンバー5の中にもありましたが、TypeⅢのBalanceが-4でもあるので、もともと持っている資質を生かすにはやはり多くの経験が必要であることがここでも分かります。
さらに、TypeⅡに見られる特質的な個性としてGrowth(魂の成長の方向性)が5であることからも、「経験することの歓び」が魂の成長につながっていることが示されています。
▼サイクルから河合さんの人生の流れを読み解く
*0歳~32歳
◇Major Cycle(どのようなことを学ぶ時期か):6
愛のナンバーでもある6が1stサイクルに現れるのは、この時期は家族を通して思いやりや責任を学ぶということがテーマになっているということ。
はじめにも書いたように、河合さんは家族に恵まれて育っています。
子供時代に両親や兄弟たちと過ごした丹波篠山での思い出をとても大事にしていて、そのイメージそのままだという、遺作にもなってしまった物語「泣き虫ハァちゃん」を読むと、どれほど豊かな学びを家族の中で経験したのか想像できます。
◇Pinnacle Number(どのような状況の時期か):11-2
2は受容、11は受容から自立へ向かう、ということを示す、この時期。
戦争という自分の力ではどうすることもできない状況が13歳から17歳の時で、その後大学を卒業して高校教師、大学講師となり、さらに31歳の時に難関のフルブライト留学生の試験に通ってアメリカへ留学しています。
全体的にはまだ受け身の状況ですが、次第に自立へ向かっていく時期です。
◇Challenge Number(課題として持ち上がりやすいテーマ):1
決断・行動力・現状打破。
一生続けようと思った教師の仕事を辞めて外国に留学することは、当時としてはものすごく大きな決断であったでことしょう。
しかしこの数字はソウルナンバーとも共通しています。
根源的な欲求が課題でもあるということなので、比較的迷いは少なかったのではないかと思います。
その「決断」という課題を見事に克服して、そのまま流れに沿って人生が進んでいったように見えます。
◇Year Cycle(1年ごとの流れ・主な出来事)
この時期はイヤーサイクルがすべて二桁(42歳まで)であることから、戦争もあり、やはり相当大変な時期であったことが分かります。
1928年 0歳 #22
6月23日 兵庫県丹波篠山市に生まれる
1932年 4歳 #17
弟を病気で亡くす。死の恐怖を感じ始める
1948年 20歳 #24
京都大学理学部数学科入学
1952年 24歳 #19
京都大学卒業
卒業後、中学・高校を併設した私立学校の数学教師の職に就く
「わが生涯最良の年」と本人が言うほど生き生きしていた
高校は3年間勤めたが、その間にのちに妻となる女性と出会う
1959年 31歳 #26
フルブライト留学生としてアメリカのカリフォルニアロサンゼルス校へ留学
1960年 32歳 #27
アメリカ留学中、アルバイト先で死に直面する重病患者に出会い、改めてユング心理学を学ぶことの意義を感じる
*33歳~41歳
◇Major Cycle(どのようなことを学ぶ時期か):5
本格的にユング心理学を学ぶためにスイスのユング研究所へ行くことを決めた時期が、ちょうどメジャーサイクルが2ndサイクルに変わった時期と重なります。
5のLife Path(大きな流れ)は「成長」「変化」の時。
環境の変化とともに、内面的自由を見つけるための学びをする時期、ということが示されています。
◇Pinnacle Number(どのような状況の時か):7
深い内省の時。
7は精神性の数字で、本来の自分を内省し、精神の充実を図る時。
何かを究めたり研究するのに適している時でもあります。
ユング研究所での留学生活は、このpinnacle7の状況以外には考えられないと思えるほどこの数字とマッチしています。
分析家の資格を取るためには、自分自身もかなりの時間分析を受けなければいけないので、この時期は実際に深く自分の内側に入り込む体験をしたと思います。
◇Challenge Number(課題として持ち上がりやすいテーマ):3
表現・開放。
自分が分析を受けることで、内側から湧き出るものを感じたでしょうし、分析家としてどう患者と接していくかということは、緊張感も伴うと思いますが、その瞬間瞬間がライブのような表現の場でもあるのではないかと想像することができます。
患者と分析家がカウンセリングという時間の中で何か意味のあるものを生み出す、ということは、このナンバーのテーマにも通じるような気がします。
◇Year Cycle(1年ごとの流れ・主な出来事)
1962年 34歳 #20
スイス・チューリッヒのユング研究所に留学
資格論文として日本神話に関する論文を提出。日本人として初めてユング派分析家の資格を獲得
1965年 37歳 #23
スイスより帰国
京都大学教育学部で非常勤講師として臨床心理学の講義をする
1967年 39歳 #25
初めての単行本「ユング心理学入門」が出版される
*42歳~50歳
◇Major Cycle(どのようなことを学ぶ時期か):5
引き続きこの時期も2ndのメジャーサイクル5の時期。
何かを形にすることよりも、とにかくたくさんの経験を積むことが学びになるような時期です。
これもデスティニーナンバーと重なるので、仕事の面においては特にこのナンバー5の要素は色濃く出ているのではないかと思います。
この頃はカウンセリングの足場のようなものを作りながら、心理療法に専念していた時でもあります。
◇Pinnacle Number(どのような状況の時か):9
9は「完結」の数字ではありますが、メジャーサイクルが5であることを考えても、何かを完成するというよりは、これまで経験してきたことを次のステージに向けてまとめていく、という時だったのではないかと思います。
経験が成果となって現れる時期でもあり、実際この時期は京大の教授になったことで、これまで考えていても話すのを控えていたことをだんだん外に向けて発表できるようになってきた、と本人もインタビューの中でおっしゃっています。
◇Challenge Number(課題として持ち上がりやすいテーマ):2
協力・協調・境界・バランス。
この頃、臨床で見てきたことをもとにして文化的なことを発言しはじめると、一般の人には理解されるのですが、心理学界からは全く相手にされなかったといいます。
そのような学界の人たちとのやりとりには「境界」や「バランス」という課題が含まれていたかもしれません。
◇Year Cycle(1年ごとの流れ・主な出来事)
43歳になった時からようやく1桁の周期に入りますが、それでも2周期であるので、まだ受動的な時です。
しかしこの時期の後半は次第に自分の思っていることを発言するようになり、受動性は薄くなってきています。
50歳の時に専門領域外に出ますが、それが「児童文学」の世界というところが、次のイヤーサイクル3の「純粋」「遊び心」に通じているような気もして面白いです。
1972年 44歳 #3
京都大学助教授に就任
1974年 46歳 #5
湯川秀樹や梅原猛に明恵上人の研究をすすめられる
1975年 47歳 #6
京都大学教授に就任
1978年 50歳 #9
岩波講座で「『ゲド戦記』と自己実現」という話をする
初めて専門領域から出て「思い切ったことをやった」
*51歳~79歳
◇Major Cycle(どのようなことを学ぶ時期か):20~2
前の周期の後半で課題となっていたテーマがここでも学びのテーマとして出ています。
河合さんは、コアナンバーを見ると非常にエネルギッシュで強い印象を受けますが、人生の流れに現れる数字を見ると、6、9、2という「境界線」がテーマの数字が全ての時期において出ています。
これは共感力が強く、揺れやすく、迷いやすいということを意味しています。
もともと強い意志を持っている人が、相手に対しての気配りや協調というテーマを持ちながら「受動性」の中で生きていた、というようにも考えられます。
そのテーマと向き合うことで、対照的な資質を含めた本来持っている能力が存分に活かされ、ナンバー22に示されるような大きな仕事を成し遂げることができた、ということもできます。
また、これも息子の俊雄さんが語っていることですが、河合さんの人生における転機について「意外と自分が主体的に決断していなくて、いつの間にか決まっていたり、他人の意見や行動の方が決定的であったりするのが興味深い」ということを言っています。
「受動性と主体性」というテーマで河合さんの人生を考えると見えてくるものがあるような気もします。
◇Pinnacle Number(どのような状況の時か):8
「達成」の時・成功・繁栄・組織
Pinnacleが8ということはこれまでの経験が次々に形になることを示しています。
後年は数々の賞を受賞しましたが、その後も今後の予定を聞かれると河合さんは「もっとみんなの指導をやって臨床心理のほうにもっと力を尽くすこと」と答えています。
ナンバー8は、物質的な成功だけではなく、内面の豊かさと、それを循環すること、というテーマもあるので、この河合さんの答えはまさにそれを表現しているとも言えます。
◇Challenge Number(課題として持ち上がりやすいテーマ):4
ここでコアナンバー(バース、パーソナリティ)にもある4が出てきます。
4には「基盤づくり」のほかにも「継続」というテーマもあります。
形作ってきた臨床心理の体系を後の人たちに継続してもらう、ということでもあるのかと思いますが、裏面(a-mature)の「ワーカホリック」が課題として出ていたのかもしれないという気もします。
亡くなった原因となった脳梗塞になってしまったことを考えると、かなり無理をされていたのかもしれないと想像してしまいます。
◇Year Cycle(1年ごとの流れ・主な出来事)
1983年 56歳 #6
京都大学で明恵「夢記」の講義をする
エラノス会議で発表する機会を持つ。以後、ユング研究所で日本の神話、昔話、物語、夢などについて講義をする
1986年 58歳 #8
学生時代に一度手にし、そのままになっていたフルートのレッスンをはじめる
1988年 60歳 #10
「明恵 夢を生きる」で第一回新潮学芸賞受賞
1992年 64歳 #5
京都大学退官。退官にあたり、これまでの考えを「心理療法序説」として発表
日本心理臨床学会学会賞受賞
1995年 67歳 #8
国際日本文化研究センターのセンター長に就任
紫綬褒章受賞
アメリカのテキサス州A&M大学で講義。講義の邦訳は「ユング心理学と仏教」として出版
1999年 71歳 #12
小渕恵三総理の要請により「21世紀日本の構想」懇談会の座長となる
2000年 72歳 #13
フルート曲を演奏したCD「音と心」発表
文化功労賞受賞
20001年 73歳 #5
自伝「未来への記憶」刊行
3月、NHKで「ようこそ先輩」放映
日本ユング心理学会を設立
2002年 74歳 #6
文化庁長官に就任(2007年まで)
2006年 78歳 #10
特定非営利活動法人「文化創造」を設立
2007年 79歳 #11
7月19日逝去
正四位端宝重光賞受賞
▼リーディングを終えて
私は昔から「目に見えないこと」や「不思議なこと」が、なんとなく好きでした。
「なんとなく」というのは、そのことを口にすると変な人だと思われそうで、自分の素直な興味を閉じ込めていたところがあったからです。
だけどきっかけは忘れてしまったのですが、おそらく10代の終わり頃、たまたま河合隼雄さんの本(たぶん「無意識の構造」)を読んで、閉じ込めていた自分の興味を思い出したというか、とにかく引き込まれたことを覚えています。
それでユングのことを知り、同じく河合さんが書いた「ユング心理学入門」を読み、以降人生の中で何かが起きて自分の心や人の心が分からなくなると、河合さんの書いたものを読んできました。
それで何かが解決したわけではないけれど、狭いところに押し込まれていた心が真ん中の方に戻されていくような、深いところからバランスが取れていくような不思議な感じがしました。
河合さんの本を読むことで何かが自分の無意識に触れて、それが何かの作用を起こさせているような。。。
その「何か」が何なのかはよく分かりませんが、私にとって必要なものだということは確かだと思いました。
数秘を学ぶ時も、その「何か」がとても大事な気がします。
もしかするとそれは「直観」とか「インスピレーション」というものかもしれません。
このレポートのためのリーディングを誰にしようかと考えたときに、それこそパッとひらめいたのが河合隼雄さんでした。
でもすぐに「こんなすごい人をリーディングするなんて恐れ多い」と思い、別の人にしようとしましたが、いくら考えてもピンと来る人がいませんでした。
それで結局はじめにも書いたように「一人のファンとして」と開き直り、勇気を出して河合さんに決めました。
書きながら河合さんのことを考えていると、図々しくもなんだか河合さんとお話しをしているような、または自分がカウンセリングを受けているような気もしてきて、心の深いところがとても満足している感じがしました。
河合さんが亡くなってからも、世界ではいろいろなことが起きています。
今河合さんが生きていたらどんなことを言うだろう、と、よく考えます。
今回のリーディングのために、久しぶりに河合さんの本を何冊か読み直しましたが、時代による変化などほとんど気にならなくて、むしろ「こんなに鋭いことを言っていたのか」と今さらながら驚くこともたくさんありました。
レポートとは関係なく夢中になって読んでしまうこともありました。
かなり長いレポートになってしまいましたが、それでももっと書きたいことがあるくらい、楽しくリーディングをすることができて、このクラスでの学びにとても感謝しています。
そしてどこかに河合隼雄さんの「たましい」がいるとしたら、その「たましい」にも感謝の気持ちを届けたいと思います。
(2020.8 K.N)
次回の現代数秘講座は、10/21(水)スタート!
↓
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