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気付けば師走も半ば。街はすっかりクリスマスですね。今年も押し迫って来ました。
あれ以来、ご無沙汰していて失礼しております。
12月10日、マガリちゃんの突然の旅立ちから1ヶ月が経ちました。

お心のこもったたくさんのコメント、何人もの方からのお気遣いのメッセージやメール、追悼の記事をブログで書いて下さった方々、お花や励ましのプレゼントまで送って下さったお友達、本当に本当にありがとうございます。
ご心配をお掛けしているのに、自分でも呆れてしまうほど立ち直れず、何の音沙汰も無く、お礼が出来ぬままで申し訳ないです。この場を以てお詫びと、心からの感謝をお伝えさせて頂きます。








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あれから1ヶ月間、時計の針は動き、カレンダーも捲ったのに、私の時は止まってしまったかのようでした。
私もpopさんも、いけないとわかっていてもさんざん自分を責め、後悔し、涙にくれました。
最期の姿があまりにも無惨な形だったので、まだまだ命の砂時計の砂は残っていたのに、砂時計ごと叩き壊された気持ちで。同じ亡くなるにしてもやはり穏やかに、安らかに、眠るように逝かせてあげたかったと、ショッキングな轢死体を思い出す度に胸が張り裂けそうでした。

“お腹に毛玉が溜まらないようにね~!”
と言いながら毎日、一生懸命にマッサージしてあげていたお腹が潰され、中身を露呈し、素直な瞳は歪み、頭がひしゃげてしまったせいで閉じてあげることさえ叶いませんでした。
亡くなると言う結果は同じであっても、少しでも綺麗な姿で、出来るだけ痛みや苦しみなく、静かに自然な形でと願うのは、愛する者なら当然のことでしょう。
十字架を背負わされたかのように心身はどんよりと沈み込み、重たい身体を引き摺るように動いて何とか生きていた、と言う感覚です。








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“お母さん、お待たせ”
最初はひたすら、どうにかしてマガリちゃんが戻って来ないか、悪魔に魂を売ってでも取り戻したい、と非現実的なことを願いました。
次第に
“あんなに私の事が大好きだったマガリちゃん、早く迎えに来てくれないかなぁ?”
と考えました。死んでしまえばマガリちゃんと会える、と希望を持ってみたり。
家族、大切な存在を亡くす悲しみを身をもって知ったのに馬鹿ですね。
でも、あちらの世界もなかなかどうして審査が厳しいようで……








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“お母さんは、まだまだ修行が足りんから天使になれんげなよ~!”
とマガリちゃん。

“マガリちゃんが口利きしたらどうなの?”
と尋ねるも、
“この世界は猫コネとか効かんとよ”

と、ガツンと風邪だけ引かされてしまいました。時を同じくしてpopさんは頸椎症に。2人して暗~い気持ちでずっと落ち込んでいたせいで、体の免疫力も落ちていたのでしょう。
“もぅ~!2人とも、いつまでもこのままじゃダメだよ!”
と言う、マガリちゃんからのメッセージなのかもしれません。





それが12月上旬のこと。流行の最先端で風邪を済ませた私と、頸椎症で手に力が入らなかったpopさんもようやく元通りに。
この1ヶ月、夜中、たびたび妙な時間に目覚めては、1人ぼんやりと思索に耽ったり、哲学書やら神学の本やら、ユングやフロイトの心理学書から古事記まで、様々な本を貪り読みました。
でも、少しのヒントや面白さはあっても、今の私には救いも悟りも見出だせませんでした。
答えは思いがけず、マガリちゃんが持って来てくれました。
亡くなってから毎日毎日、何千何万回と呼び掛けて来たマガリちゃんが語り掛けて来たのです。









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“お母さん、目に見えるもの、手で触れるものは世界のほんの一部分やとよ。形あるものはいつか必ず形を変え、無くなるじゃろ?本当に大切なものは目には見えないもの、実際に手に取ったり触れたり出来ないものの中にあるんだよ。それこそが永遠なるものなんだ。”






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“信じる力、意志、愛。。。お母さんのやっている音楽だって形の無いものの1つだよね。だからさ、そう言うのお母さんの得意分野なはずやとよ。少しずつでいい、心の目を開いてみて!”







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“最初はね、僕だって大好きなお母さんと抱っこしたり、膝に座って撫でて貰ったり出来なくなって寂しくて仕方なかったっちゃが。でも、目に見えないことや触れない寂しさを乗り越えるんだ。僕は本当の意味でお母さん達と永遠の家族になって、いつでも一緒に居られるようになったんだから!”








本当に愛したからこそ苦しかった1ヶ月間でした。命について、人生についてまで考えさせられました。
私は“コレは!”と思った人(もちろん猫も)、物、曲に対しても、愛情や思いが強くなり過ぎて、そのせいで自分も、時には相手までも傷付けてしまう事がある問題人間です。
そして、ツライ時や悲しい時には、それをダラダラと誰彼かまわず垂れ流しにして甘えるのが人生の美意識に合わず、1人で抱え込んではピアノに昇華させて来ました(私がピアノに執着し、人生のピアノだと思うのは、ピアノが告解の場だからかもしれません)。自分にしかわからない事情で、他人にまで心配させたり、マイナスの気持ちを押し付けてしまうのがとても傲慢で無神経にさえ思えて、堪らなくイヤなのです。精神科医の叔父の話によれば、こうやって自己解決を図ろうとして周りから気取られないタイプは、鬱病や精神病を来しやすいそうですがあせる
現に、ツライ時でも道化役をやったり出来てしまうので、おおらかでバランスの取れた強い人間だと思われ勝ちな私。
でも、今度のことは誤魔化せませんでした。本当に深く受け止めて下さった方々、ツライ気持ちにさせてしまってゴメンなさい。そして、ありがとうございました。
愛する者の死と向き合い、どう受け入れたら良いのかは、人間の大きなテーマだと強く感じました。






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こんなはずではなかったのに、重たい内容になってしまいましたあせる
とってもお喋りで、とことん陽気で、人間が大好きだったマガリちゃん。
きっと、たくさんの人に賑やかにマガリちゃん話をして貰い、楽しい記憶として永遠に生き続けたいと願っていると思うのです。
私も多くの方々に天使マガリちゃんが愛され続けるように、そんな願いを込め、1ヶ月の節目にあたり、この記事を書いているのでした!







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東日本大震災の2日後、
“君たちに助けて貰いに来たよ”
と、枯れ枝の如く痩せこけて我が家の庭に倒れた込んでいたマガリちゃん。
この写真はその約1週間後。
この時はまだ、1年8ヶ月の幸せな日々、そして突然の別れが待っているとは考えもしませんでした。







8年前の夏、ノアゴン脱走劇で大捜索中、側溝に落ちていた赤ちゃん時代のマガリちゃんを助けたのが最初の出会い。大人になってからもちょいちょい我が家の庭に顔を出し、しまいには赤ちゃんバージュを連れて来たマガリちゃん。
それから長い年月を経て、ようやく我が家の家族になった時でした。遅れてやって来た可愛い次男坊と言う感じ。
バージュのお父さんなのか(そもそも、父猫が子猫をそんな風に連れ歩くものなのかわかりませんが)、はたまたソッと見守るナイトだったのか、真相は藪の中ですが、我が家との深い繋がりを感じずにはいられませんでした。これほど運命的な出会いは多分、もう二度と無いでしょう。





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奇跡の縁と言うだけでなく、常に熱烈一途で、素晴らしく楽しい子で、あっという間に恋仲になった私たち!
マガリちゃんもみるみる元気になり、お顔もふっくらになりました。





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呼ぶと即座に走り寄り、盲導犬ならぬ盲導猫になれそうなほど上手に私の足並みに合わせて歩く子でした。
全く物怖じせず、おおらかで賢い子だったので、星空散歩、お月見、流星群鑑賞、花火大会、夏祭りに練り歩いてうちの前まで来る獅子舞見物、親戚総出の木いちご狩り、猫露天風呂、箱コレ、、、いっぱい付き合ってくれました。
朗らかで愛嬌たっぷりで賢くて、誰からも感心され愛される、自慢の子でした。








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イースターのお祝いも一緒にしました。
近所のおじさんが釣って来たお裾分けの鯖で。塩をせず七輪で焼き……なかなか焼き上がらなくて、鼻息を荒くして待っていたマガリちゃん(笑)
やっとこさ焼き上がった鯖をほぐして見たら、なんとお腹にギッシリ卵が入っていて大興奮していたっけ。
“まさにイースターエッグだ!これぞ鯖ビアンだ!”
って、楽しかったなぁ。







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1日の大半を玄関の周辺で過ごす様子は、まるで門番みたいでした。
玄関のガラス越しに毎日見えていた黒い影の写真。
ここで、我が家を訪ねて来る人来る人に必ず挨拶していたものです。次第に我が家の顔となり、名物門番黒猫としていろんな人から認知され、可愛がられるようになりました。





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“お母さ~ん、降りられな~い!助けて~!”
おっちょこちょいなお茶目っぷりも本当に可愛くて。









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ジャンケン、パー!






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“どうだ!こうか?”
一生懸命ジャンケンの練習をしていたけれど、結局、最後までパーしか出せなかったよね~!








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私より100倍は賢いノアゴンは、天使マガリちゃんが部屋に一緒に居ることをいち早く察知し(マガリちゃんが亡くなって1週間後ぐらいから)、ワクワクするのか、それとも勇ましいところを見せてやろうと張り切っているのか、まるで5歳ぐらいに若返った勢いで(実際は4月に11歳を迎える中年ムッシュー)、パワフルに走り回る走り回る!








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そしてバージュは、赤ちゃん猫に戻ったかのように無邪気な遊びを矢鱈にし、いつも以上の甘えっぷりです。
2人とも、天使マガリちゃんが居ることでイキイキしています。
キリストは死後3日で復活したそうですが、マガリちゃんはキリストのように姿は見えないものの、1週間ほどで復活していたんですね!イースターに食べた鯖エッグが効いたのかもしれません(笑)
それなのに私と来たら、マガリちゃんが居ないと泣いてばかりで、この頃になってやっとマガリちゃんの存在に気付けました。







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“お母さん、意外と鈍いっちゃね~!待ちくたびれたが~”

“ゴメンね、マガリちゃんあせるもう何処にも行かないでね”

“宮崎県から神様県に戸籍が変わったから、庭も部屋も自由に行き来できるようになったっちゃけど、天使はなかなか忙しいとよ~”

いつでもマガリちゃんの存在を感じられるワケでは無いのは天使が多忙な為なのか、それともまだ私の心の目が完全に開眼して居ないからかなぁ?
私のマガリちゃんを探す旅は続きます。









最後に。
マガリちゃんは暴走車の餌食となりました。マガリちゃんは、絶対に道路にいきなり飛び出したりはしません。
普段から車に乗る方ならば解ると思いますが、道路上に“静止しているモノ”と言うのは100%近く認識出来ます。小さなネジや石ころ、虫、ゴミくずでさえも、かなりの確率で認識出来ます。猫ほどの大きさのモノであればなおのことです。車と言う、命を奪う凶器にもなり得る乗り物を動かす以上、認識出来るのが当たり前、出来なければ乗る資格はありません。夜や明け方であっても、車には凄い照射力のライトが付いているのですから、普通は見えないはずはありません。
よほど猛スピードか、酒酔い運転か、携帯ゲームにでも熱中して道路を見ずに運転していたか、あるいは視野が狭小したお年寄りでない限りは。
マガリちゃんが轢かれた位置は極端に右寄りで(日本はご存知の通り、左側通行)、正直なところ、“わざとか?”と思うほどの状況ではあるのです。

でも、これは本当に不思議なことですが、轢いた人を憎む気持ちは全く起こらないのです。
皆さんが怒って下さるお気持ちは有難いですし、更なる犠牲者は出して欲しくないですが、“同じ目に遭わせてやりたい”とは全く思いません。
悲しみが強すぎるせいなのかと思いましたが、最近、これはマガリちゃんの強い望みによるものなのだと気付きました。
人間を信頼し、人間がどこまでも大好きだったマガリちゃんは、人を恨んだり憎んだりする事を私にして欲しくなかったに違いありません。
“人を憎むことは虚しいよ”
と言うマガリちゃんからのメッセージが聞こえるようです。

マガリちゃんは、人を信じ、愛することを何よりも伝えたかったのかもしれません。




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